新月大爆発


「私、きみのこと好きなのかも」
 とのことを、なんの前触れもなく“恋人”が言ってきた時の私の気持ちを十文字以内で答えよ。
「……そうですか」
 正解は、『なんなんだよコイツ』である。
 自然と白けた目になった私へ、ドラルクさんは急に慌てふためいて「えっあっいや違くて!」とブンブン手を振った。なにが違うのかなと呆れながら溜息を吐く。
「声に出したつもりは――じゃなくて、ええと――ま、前から嫌いだったわけじゃないから、ほんとに! ただ、あー、その――」
「別に怒ってませんよ。そのくらい知ってましたし」
「……ァエッ?」
 言い訳がましい言葉を遮ってぴしゃりと言う。なんにも気にしてませんよというのをアピールするように軽く肩を竦めつつ、私は珈琲を手に取った。深煎りされた珈琲特有の香ばしい香りが鼻腔を擽る。珈琲は苦いから好きじゃない。けれど平静を装って黒い液体で唇を濡らした。淹れてから時間の経ったそれは、だいぶ温くなっていた。
「え、知っ……えっ? エッ?!」
 なにやら隣でワタワタしている。様子のおかしさに疑問を抱くが、視線はテレビから離さない。私はドラルクさんの希望で流されたサメ映画を見つめる裏で、彼に告白した時のことを思い出していた。



「――いいよ。きみのこと、別に嫌いじゃないしな」
「は」
 好きです、付き合って下さい。
 終業後の二人きりの執務室。私がそう告げると、ドラルク隊長は「……あー」と零して僅かに瞳を逸らした。その反応だけで、私は『あ、振られるわこれ』と悟っていた。というより、元よりいい返事の期待はしていなかった。脈があると思ったから告白したわけではない。一部下でしかないと分かっていた。歳離れてるし、立場も全然違うし、尋ねたことはないけど、ブラック珈琲も飲めないお子様舌女とか、隊長の好みからはかけ離れてそうだし。ただ眼中に無いと分かっていてこれ以上好きでいるのは、単純に嫌だったのだ。実る見込みのない片思いなんて苦痛なだけでちっとも楽しくない。だからさっさとこの気持ちに区切りをつけてしまいたくて、私は想いをぶつけただけだった。……のに。
「それじゃ、これからよろしく」
 予想だにしていなかった展開に愕然とする私へ、ドラルク隊長はにっこりと口角を上げた。
 窓の外は真っ暗で、月もが夜に身を沈ませていて、星のひとつも見当たらない。そんな重たい帳が垂れる夜に、私の恋は成就した。



 燻る気持ちと同じくらい苦々しい風味で口内を満たしながら、半年前のことを思い起こす。つまり、だから、今更言われなくとも知っているのだ。ドラルク隊長が私を“好きじゃない”ことくらい、とっくのとうに。『別に嫌いじゃない』なんて、『好きでもない』と同義だということなど、少し考えれば分かることだ。
「し、知ってたって、え、ほんと?」
「ええ」
 珈琲を傾けつつ、さらりと肯定する。ええ、ええ、あなたが私を『別に嫌いじゃない』ってことくらい、十分存じ上げておりましたとも。
 だが私はそれを――『ドラルク隊長が私を好きじゃない』というのを承知した上で、恋人になってもらうことを結局こうして望んでいた。半ばヤケクソだった。付き合ったら付き合ったで、私の方も冷めて好きじゃなくなるかもしれないし、という思惑だった。……まあ悔しいことに今のところ、その兆しは一向に見られないのだが。
 だってこの男、色々と心得すぎてる。程よい甘やかしをしてきたり、適度に隙を見せてきたり。多少の虚しさを感じないでもないが、それでも恋人らしく甘い応酬をすればやっぱり素直に胸が弾んでしまう。そんな感じにときめいてばかりの半年だったので、気持ちが冷める暇なんて少しもなかった。恋人になってから半年経った今になって『実は今までは少しも好きじゃなかったんだよね』とかふざけたカミングアウトをされても、『お前さぁ……』と呆れこそすれ、そのくらいで嫌いになんてもうなれないくらいに、彼への想いは強くなっていた。冷めるどころかズブズブの深みに嵌ってしまっている。完全に計算違いだし、惚れた弱み過ぎた。なおチョロい自覚はあります。えーん、だって好きなんだもんしょうがないじゃん。
 このように、私はベタ惚れで、けれどドラルクさんはそんなこと全くなくて――という事実を、私はずっと割り切って受け止めてきていた。……でも『好きなのかも』ってなに? やっと人並みレベルまで好意を持ってもらえたってこと? ああそうですか半年かけてやっと。やっと人並み。しかもまだ『かも』レベル。ハハ。さすがにそれは知らなかった。そこまで眼中外だったとは。
 突き付けられた現実に、なんだかなーという虚しさで胃が沈みかけた。が、大袈裟な効果音と共にいきなり画面にアップされたサメの顔面に、「うわっ」と肩が跳ねる。
「サメの頭ってなんで増えるんですかね」
「……」
「作ってたら段々楽しくなっちゃうのかな……」
 どうでもいい雑談ではあったがあまりに反応がない。会話を広げたいわけじゃないけど、相槌もない感じ? そんな見入ってるの? このサメ映画を?
 嘘だろという思いでそっと隣を窺い、飛び込んできた光景に顎から力が抜ける。
「な……なんですか、その顔……」
「いや……」
 ドラルクさんは映画なんて少しも見ず、私だけを呆然と凝視していた。肉付きの薄い白い頬は、鮮やかな朱色で染まっている。初めて見るその顔に、次第と私の頬にまでじわじわと熱が集まってきた。え、な、なにその顔。えっかわいい?! でもなんで今急に?……さ、サメ映画で?!
「……だって」
 動揺していると、ドラルクさんは顔を隠すように口元へ指の背を添えた。
「だってきみが知ってるとか言うから……。私もさっき気が付いたのに……」
「……はい?」
「だからさ、その……私がきみを、好きだってこと……」
 ……何言ってるんだろう、この人。
 いつもより高い彩度で、熱を帯びた金色の瞳が煌めく。そうして照れくさそうにひっそり紡がれた音に、困惑以外の感情が消え失せた。誰が誰をなんて……?
「うわー、はずかし……」
 けれどドラルクさんは声も出せなくなっている私に気付かないまま、とうとう両手で顔を覆って項垂れた。手の下から、くぐもった唸り声が聞こえる。オフなのでいつもより緩めのセットをしてあった前髪がくしゃりと乱された。
「いやそりゃ元から嫌いじゃなかったよ? じゃなきゃ付き合おうとかさすがの私も言わないし……。でもよく考えたら“嫌いじゃない”とかそんなレベルじゃなくて、付き合う前から普通にきみのことそういう意味で好きだったのでは――というか改めて恋人になった今はもうかなり大好きなのでは……と、いうことに、恥ずかしながらついさっき唐突に気が付いて……」
 マジで何言ってんだろう、この人。
 多分なんか、すごいとんでもないことを言われている。にも関わらず、意味の分からなさが一周して、私は逆に冷静になってしまっていた。少しだけ、話が読めてきた気がする。

 要するにこの人は、たった今、私が好きだと自覚したらしい。

 信じられない思いで、背けられた赤い顔をガン見する。あ、え、『好きなのかも』ってそういう……? え、ほんとに? 本気で言ってる?……言ってそう。支離滅裂な言葉の羅列を聞く限り――見えてる範囲を余すことなく茹で上がらせているこの様子を見る限り、都合のいい勘違いというわけでもなさそう、と思って、いいのかも。
 ああそう。ドラルクさんって私のこと好きなんだ。前から好きだったんだ、ドラルクさんも。へえ、そう。ふぅん。じわじわと理解して、顔が溶けていく。笑い声がもれそうになったので、誤魔化すために意味もなく咳払いをした。
「え、もしかしてきみ、私の気持ちに気付いてたから先に告白してくれたの?」
「……さー、どーでしょうねえ……」
 さて、どう答えるのが最善なのだろう。マグカップに口をつけながら、懸命に頭を回す。もう少しだけ、冷静な思考が出来ているうちだけでもいいから優位に立っていたい。そんな思いで珈琲を口に含む。冷めてしまった珈琲は不思議といつになく舌に馴染み、苦さなんて気にならないくらい美味しく感じた。
 珈琲を口内で転がしながら何気なくテレビへ視線を傾ける。目の前ではクソ映画の終幕に相応しいチープな大爆発が起こっていて、激しい閃光で目がチカチカと痛んだ。う、いたい、痛すぎてちょっと泣きそう。
 

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