嬉死


 恋人が会話の途中で死ぬ。なんてのは、悲しいことにもはや日常茶飯事で。しかしうっかり手が触れて死ぬ。目が合って死ぬ。果てには私が立ち上がっただけで死ぬ。なんだこいつ。そんな言葉を飲み込んで、目の前に広がった超絶簡易砂場の前にしゃがみこみ、お城を建設していく。途中から砂が手の中で激しく震えだした。えっうそ、もしかしてこれ死に続けてない? 知らないうちに毒でも発するようになってしまったのだろうか、私の体は。
「あの、なにしてるんでしょうか……?」
「ドラルクさんをお城にしてます」
「私はなぜお城にされてしまうんでしょうか」
 自分で考えろと山の側面に砂を押し付けると山が大きく跳ね上がったので恐らくまた死んだ。か細い「ウェェン…」という鳴き声が聞こえ、一旦手を止めると、山のてっぺんあたりから目だけが形成され、こちらを見てきた。うわグロッ。口にするとまた死にそうなので堪える。
「ねえ、なにをそんなに怒っているのかね、きみ」
「べつに」
「エ〇カ様はバッドコミュニケーションの見本だよきみぃ!」
 悪いのはそっちなのに。拗ねた気持ちで声を無視して砂を弄る。不意に手の中の砂がするすると動きだし、骨張った手が現れ、流れるような所作で細くしなやかな指が絡んできた。同時に影が落ちてきたので前を見れば、両膝を行儀よく揃えてちょこんと抱えた、いつも通りのドラルクさんがじっとこちらを窺っている。垂れ気味の白目がちな目はどこか心配しているようにも見えた。いや、それより、こんなに見つめあってるのに。手だって繋いでるのに。それでも死なれていない現状に嬉しさと信じられなさで唖然とする。
「なにかあったのかい」
「え、ない、あっいや、ありました、けど」
「ほう。きみの心に居座りこうも悩ませるとは、そいつはなんて羨まけしからん万死クソ下衆なんだ許すまじ」
 なんか色々混ざってて途中からよく分からなかったが「失敬、忘れてくれ」と咳払いされたので気にしないことにする。
「なにか不安なことがあるのなら、どうかこの私に教えてはくれないかい? きっと役に立ってみせるよ」
 促すように優しく指の腹で手の甲を撫でられ、気が付くと口が勝手に動いていた。
「だってドラルクさんが」
「え、私?」
「はい。ドラルクさんが死んじゃうから。目が合っただけで、手が触れただけで。さ、さっきなんて私が立っただけで死んじゃったから、だから私、き、きらっ、きらわウェェエピロバロボビャア!」
「おお、お、落ち着き給えよ!」
 最後まで言いたくなくて狂ってしまった。ドラルクさんはこわい生き物に成り果てた私に震えながらも、ギリギリのところで人型を維持してくれている。
「なにを勘違いしたのか分からんが、私がきみを嫌うわけがないだろう。そもそも私がすぐ死ぬのは前からじゃないか」
「でも前はこんなに死ななかった……せっかく恋人になれたのに……」
 ドラルクさんが一瞬死に、手の中の存在がさらりと崩れた。が、すぐに繋ぎ直される。生き返った彼の目元には少しの朱が注がれていた。その口角は、誤魔化そうとしているみたいに不自然に上がっている。
「ああ、前……ウン、前ね。前はたしかにそれくらいじゃ死ななかった。それはそうなんだがね、あー……」
 黙って続きを待っていれば、やがて彼はうろうろと彷徨わせていた視線を床に落とし、諦めたように溜息を吐いた。
「今はもう恋人なんだなあと、思ったら、つい」

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