観覧車の頂上
【恋人 初キス いつ】【キス どうやって】【キス やり方】【キスのコツ】【恋人 キス 嫌がられたら】【キス タイミング】【ムード 新横浜】【キス したい】etc……
せっかくのお家デートだったのに恋人がスマホとにらめっこしてばかりなのでこっそり覗いてやったら、なんか恥ずかしいことをめちゃくちゃ調べてた件について。
ソファに沈み込むロナルドのスマホをこっそり後ろから覗き込んだ瞬間、そんな文章が脳内にファッと浮かんだ。なんだ【キス したい】て。検索ワードでもなんでもない。ただの願望じゃん。Go○gle先生も知ったこっちゃないだろう。
恋人の奇行に声を殺してじわじわウケていれば、次なる検索をかけようとしていたはずのロナルドが、唐突にこちらを振り返った。あまりにも俊敏な動きだったので咄嗟に誤魔化すこともできず、私は硬直したまま、彼と数秒ただ見つめ合った。垂れがちの瞳がじんわりと見開かれていくのを、どことなく気まずい心地で見守る。
「…………見、た?」
「……見ちゃった。ごめんね」
空気を和らげるためにえへっとかわいこぶってみせたがその甲斐虚しく、ロナルドはたちまち顔を真っ赤にした。はくはく震える口からは、「どっ」とか「なんっ」とか、そういう音が零れていた。
「ごめんて。いやだってずっとスマホばっかしてるから……浮気か?! って思っちゃって」
「そんなんするわけないだろ!!!!!!」
「うんそうだね、ごめん」
半分泣いてるみたいにガラガラな爆音に、私は素直に謝った。あんないじらしい検索欄を見たらそんなことはもはや疑う余地もなかった。キスしたいんだもんな、へへ。
「う、うぅ……わら、わらってんなよぉ……」
「ごめんってば」
先程から謝ってばかりのくせに、言葉に反して口許は緩みっぱなしだ。ふにゃふにゃ笑ったままロナルドの隣に腰を落とせば、脱力したロナルドが、抗議するようにぐりぐりと頭を肩口へと押し付けてくる。
「んふ、ふ、重い重い。……それで、どう? なにか分かったの?」
「え、分かるって?」
「だからほら、キスのタイミングとかやり方とか」
流れ的にそれしかないでしょうという気持ちで尋ねる。ロナルドは文字にできない音で鳴いた。
「だっからっ、か、からかうなって!」
「からかってないよ。いつしてくれるのかなって気になったから」
返事を催促するように見つめてみたが、引き攣った赤い顔はぎこちなく背けられた。しかしそれでもめげずに私が視線を送り続けるものだから、結局ロナルドは観念したように口を開いた。目線は恥ずかしげに伏せられたまま、「えっと」と細い声が紡がれる。
「……やっぱあの、か、観覧車、とか? あの、遊園地、楽しいし……頂上で夜景も見えるし、二人きりになれるし……やっぱり定番なんかなって……思い、ました」
「ふうん? つまり次のデートは遊園地というわけですか、木下さん」
「ウ、グ、ぅ……も、もしそれでよろしいようでしたらそのようにさせていただく存じます……」
「あはは! よろしいですとも、もちろん。是非そちらのプランでよろしくお願い申し上げます」
「う……じゃ、あの……チケット、予約します……いつにする?」
さっそく予定の擦り合わせを、と思ったが私もロナルドもそれなりに多忙で、互いに都合のいい日はなかなか決まらなかった。スマホのカレンダーを睨みながら、ロナルドは難しく眉間に皺を寄せた。感情に合わせてか、結ばれた下唇がむむと突き出される。
「……」
「この日……この日ならいけるか……? 今日から俺が毎日原稿をコンスタントに書き続けることができれば……ワンチャン……?!」
「ね、ロナルド」
「ん、なに――」
呼びかけながら、私は寄りかかっていた彼の片腕を引き寄せていた。私がグッと首を伸ばして顎先を持ち上げるだけで、きょとんとしたロナルドの顔がすぐ目の前に広がる。ロナルドは投げかけていた疑問を息ごと止め、文字通り凍りついた。
「あのね」
ぷっつり途切れた疑問の粒が完全に空気の中へ溶けた頃、唖然としっぱなしのロナルドへ語りかける。
「実は、私もキス、したいと思ってたの」
少しの空気も揺らさぬよう、私は努めて密やかに、それでもって胸焼けするくらいの甘さを絡めて囁いた。
ハ、と溢された短い呼気には、熱と荒さが滲んでいた。目の先で戦慄いた唇は、まるで彼の理性を示しているようだった。本当にいいのか、という葛藤がありありと見てとれる。いいに決まってるのに。嫌がったりなどするものか。むしろ夜景もムードも二の次でいい。適切なタイミングなんて、今を飛ばしていつがある。
「観覧車の頂上なんて待たないで」
祈りを込めて、最後のひと押しをそっと転がす。
銀の睫毛のその奥で、陽炎泳がす真夏の空が、燻るようにじりりと揺れた。
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