恋人の写真が欲しいので、


「ハメ撮りしません?」
「タンマ」
 間を置かずそう言ったドラルクさんは、目元を抑えて俯くと、ハーッと深い溜息を吐き出した。しばらくその状態で硬直してから、ゆらりと徐に顔を上げた。濃い影が落ちる眼窩の奥から、じっとりとした赤が光る。なんだかやけに疲れた相貌をしているせいか、この数秒で三十歳くらい老けたように見えた。
「一旦、一旦聞いてやろう。なんたって私は超絶畏怖くて寛大なドラドラちゃんだからな。……なんで?」
「恋人の写真がほしいなって?」
「って? じゃないわ。だからってそんなトチ狂った飛躍にはならんだろ。倫理が死んだウミガメのスープか?」
「えー……」
 散々な言われようだ。トチ狂ってなんかないと思うけどなあ、と私は口を尖らせた。
 最近急に『あっドラルクさんの写真が欲しい!』となり、でも直接頼むのはなんかこそばゆいというか恥ずかしいし、でも隠し撮りは吸血鬼の彼相手には通用しないし、倫理的にもあれだしじゃあどうすれば……?! 
 そうして三日三晩寝る間も惜しんで考えた末、唐突に今朝舞い降りた天啓のような閃きから辿り着いた結果がこれである。至って正常で真っ当な思索だ。そんなけちょんけちょんに言われるのは非常に心外だ。
「つまりただの徹夜ハイじゃん。いやどんなハイのなり方? こわ。寝ろ。寝ないからそんな気の触れた天啓が降ってくるのだ」
「待って、聞いてください。だってしてる時ならドラルクさんお尻に力入ってるでしょ? てことは、ね? 理屈は通ってる」
「通るかアホ」
 ドラルクさんがぴしゃりと言い放つ。にべもない。なんだよケチ。享楽主義だし二つ返事でのってくれるかと思ったんだけどなぁ。私がそう不貞腐れていれば、「第一だな」とドラルクさんは目を眇めた。
「もしそれやるなら、きみの感じいってるアハンな姿も当然映ることになるわけなんだが? そこんとこは気にならないのか?」
「あ、私はカメラマンやるんで大丈夫です」
「じっ自分はノーリスクで貴様! なにが大丈夫じゃ!」
「いや自分からこんな提案した時点でもうかなりのリスクというか大怪我負ってるでしょ、私」
「自業自得というか自滅すぎるけどまあそれはそう」
 淡々と述べれば、ドラルクさんは重々しく頷いた。この話題を始めてから初めて肯定的な意見をもらえた。それが嬉しくてついにこっとすれば、ドラルクさんの顔がげんなりと歪む。「ほんとこの娘……」というような呟きが聞こえた。
「……とりあえず、釈然としないがひとまず事情は分かっ、分……わか……?…………った。分かった。もう分かったってことにしよう、この際。……この一連の流れ、なかったことにしてもいい?」
「いいですよ、じゃあ最初からやり直しますね。ハメ――」
「不屈の精神やめろ!」
 駄々を捏ねるないいから寝ろと怒鳴ったドラルクさんから、なにかを目元に押し付けられる。寝ないもんハメ撮りするんだもん!! と、反論する前に目の辺りが温かくなり、たちまち私の意識はカクンと綺麗に落ちてしまった。
 ◆
 ピコピコというゲーム音が聞こえる。ぼんやり目を開けると、頭上から「おはよう」という恋人の声が降ってきた。膝枕してもらってたらしい。死んでないってことはそんな長い時間じゃないのだろう。枕硬かったなぁと内心で思いながら、のそのそと身を起こし軽く伸びをする。
「んん……私、いつの間に寝て――……あれ、ここ三日の記憶がないんですけど、私はいったい……?」
「一生思い出さなくていいよ」
 どういうこと? 真意を尋ねるようとしたが、突然肩を引き寄せられ、驚いて口を噤んだ。少し上の方でカシャッと音が鳴り、何事も無かったかのようにドラルクさんが離れていく。
「な、なんですか急に……」
「いやなに、急に二人で撮った写真が欲しくなってね。はい、じゃ、送っといたから、待ち受けにでもしときなさいね」
「はあ……」
「よかったね〜嬉しいね〜私とのラブラブ写真が手に入って」
 あやすように頭を撫でられ、口をまごつかせる。そりゃ、嬉しいことには嬉しいよ。ちょうどドラルクさんの写真が欲しいなとは思ってたから。……でもタイミング良すぎて、なんか見透かされたみたい……。もしそうならと思ったら恥ずかしくて、いまいち喜びづらかった。
 素直になれずもごもごする私へ、ドラルクさんはやれやれといったように肩を竦めた。
「……ま、興味ないといったらぶっちゃけ嘘になるし、三日三晩私のこと考えてくれたのは嬉しかったけどね」
「? 何か言いました?」
「なんにも〜」
 

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