恋するドラルク


 事務所へ行ったら好きな人がたくさんになってた。
 何を言ってるか分からないと思うが私も何を言ってるか分からない。
「かくかくしかじか十五巻第百七十四死」
「はい」
 というわけで、今日は私を驚かせるためにわざわざ増えてくれたらしい。嬉しいけどちょっとこわ。うーんまあどちらかといえばやっぱ嬉しいか? 好きな人がたくさん……いやでもなんか変な、カニみたいなのもいるんだけど……。
「これがカワイイドラルク、これがイタズラ好きのお茶目なドラルク、これが生き血を飲みたいドラルク」
「それはただの願望では」
 分割されたドラルクさんたちは一人ずつ個性? があるらしく、オリジナルドラルクさんは意気揚々と一人ずつ紹介していってくれた。
「こっちはドラルクン夫人」
「ただのコスプレと何が違うんですか」
「お黙り小娘」
 挨拶したり茶々を入れたりしている中、ふとどこからか視線を感じて顔を回す。机へと視線を落とすと、そこにはやたら小さなドラルクさんが、紅茶缶を椅子に見立て、悠然と足を組んで腰掛けていた。小さいのに向けられる視線の圧がやたらすごくて、少し戦きながら、オリジナルドラルクさんのマントを引く。
「あの、こちらは……?」
「ああ、そいつは哲学するドラルク。今回はそんなたくさん分割するつもりなかったんだけど、なんか気付いたら生まれてた」
「アハハッ! 哲学に割いてる意識少なっ! おもろ、たしかにドラルクさん普段哲学とか全然しなさそう。基本脳直行動ばっかで深く考えようとしないし」
「別に意識と身体の大きさが比例してるわけじゃない、というかきみほんとは私のこと嫌い?」
「大好きですよ〜」
「嘘つけ」
 なんてやり取りをしていれば、後ろからクイクイと服を引かれる。会話を中断して下を向けば、哲学するドラルクさんは至極真剣な顔をして、私を一心に見つめていた。いつもよりずっと小さいけれど、その赤い瞳に熱が篭っていることは小さくともしっかりと伝わってくる。小さな彼の異様な様子に、私も大きなドラルクさんも当惑して目を瞬かせた。
「どうしました?」
「恋とは、愛とはきみだ」
「……はい?」
「は?」
 唖然とする私たちを意にも介さず、哲学するドラルクさんは、私の人差し指の爪先を両手でぎゅうっと包んだ。重たいのか少し震えている。可哀想だったのでさりげなく浮かせてあげた。
「先の弾けるような向日葵の如き笑顔を見て気付いたのだ。いや違う、本当はこの世に産まれる前から分かっていた。きみが恋であり愛だ。これは確信だ。イデアの丸たる我が永遠が至上の幸福であるならば、きみは白銀の月光から溢れた滴により出来上がった愛の結晶。つまりきみは私にとって最たる喜び。ああ、きみは銀河中の祝福の集合体が人の形をとり舞い降りた奇跡に違いない。そんな尊き存在と生あるうちに出逢うことができるとは、私はなんと幸福な男なのだろうか」
 長い長い言葉を締めくくるように、指先のほうからリップ音が鳴らされる。しばらくは、カチカチと針が時を刻む音だけが響いた。たっぷり時間をかけてローディングを終えた私は、真っ青な顔をしているドラルクさんを見遣ってゆったり首を傾げた。
「なんか残念なR○DWIMPSみたいなこと言ってますけど、この方って本当はポエマーなドラルクですか?」
「そ、そうなのかも」
「哲学するドラルクです」
「おい黙れそうだと言っとけ!」
 ドラルクさんは、小声で怒鳴るという器用なことをした。丸聞こえだけど。見えている横顔は冷や汗でダラダラで、そして、よくよく見ると仄かに赤い。つまり、つまり、いまの、哲学するドラルクさんの言葉は――。
「……なるほど」
「な、なにがなるほど?」
 事態を完璧に理解した私は、引き攣り笑いをしている彼へ、にっこり微笑んだ。
「分かりました。結婚しましょう、哲学するドラルクさん」
「なにが分かったんじゃ!」
「喜んで」
「喜ぶな私も!」
 オーッと怒濤の勢いでツッコミを入れ終えてから、ドラルクさんは「だいたい!」と肩をいからせて私を睨んだ。
「そんなんでいいのかきみ! そんななんか、このっ……こんなちっこい変なので?!」
「小さいのかわいいし、それにこの人もドラルクさんであることには変わりないし、というか普段のドラルクさんも大概変だし、別に」
「カーッ! じゃあきみはドラルクならなんでもいいってわけか?! エエ?! なによそれ有り得ない、そんなの浮気よ浮気!」
「ええ……」
 浮気もなにも、第一付き合ってない。私の一方的な片想いだ。袖にし続けてる側のくせに、なんたる言い草。詰りたいような白けた思いをグッと我慢して、小さなドラルクさんの頭を指先で慎重に撫でる。もっとというように頭部を押し付けられる感触がして、その素直な仕草にきゅんと胸が高鳴る。
「おいこらやめろ私を差し置いて私とイチャコラするなおい」
「嫉妬は見苦しいぞ、無個性の私」
「オリジナルと言え?!」
「……まあ、なんでもいいというより、どんなドラルクさんも好きなんですよ、私は」
「……フン。そんな言葉で誤魔化されてやらないぞ」
 誤魔化すとは。ただ事実を述べただけで、そんなつもりはなかった。私は、顰め面を何故か赤くしているドラルクさんへ何言ってんだこの人と思いながら、「でも」と続けた。
「私は私の事を好きって言って愛してくれるドラルクさんのことは、もっともーっと好きなので」
「エッ」
「だっていつまでも報いてもらえない片想いより、そっちの方がずっと幸せで嬉しいし」
 哲学するドラルクさんをそっと抱き上げる。手のひらにちょこんと移動してきた彼が腕を伸ばしてきたので顔を近付けると、鼻先にやさしい口付けが落とされた。かわい〜! 
「わあ、えへ、ありがとうございます」
「こちらこそ選んでくれて嬉しいよ、どれほど言葉を尽くしても足りないほどさ」
 穏やかに、心底嬉しそうな微笑んだ小さいドラルクさんに目元をペタペタと撫でられる。ふふ、小さい手。擽ったい。私からも彼に触れたかったけれど、サイズ差を考慮してお礼を言うだけに留めておいた。
「……と、そういうわけなので?」
 そうやって小さなドラルクさんとしばしイチャイチャしてから、私は先程から凍りついたように黙り込んでいる、大きなドラルクさんへと視線を投げた。耳の端がサラサラ砂と流れている。
「だから私は、こちらの哲学するドラルクさんと一緒になりますね!」
「ああ、悠久の時を共に過ごそうとも、最愛のきみよ」
 うっとりと、聞いたこともないような甘い声音でそう言いながら、小さなドラルクさんが背伸びをした。今度は頬に口を寄せられたような感触がする。大きな砂場が形成されていくのを横目に、私は「ドラルクさん、大好きですよ」と嘘偽りのない素直な気持ちを口にした。
 さあ、そっちの気持ちくらいもう分かってるんだ。いいから腹括って受け入れろばーかばーか。
 

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