断髪


 髪を切った。ロナルドとかいうアホの極みゴリラ吸血鬼が事ある毎に引っ張ってくるのがウザすぎたからだ。要約すると、ロナルドガチだるい許すまじ、である。
「えっ?!」
 髪を切った翌日、署内の廊下で鉢合わせたロナルドへどうだと口角を上げる。大声を上げてギョッと後退りするくらい大袈裟に驚愕してみせたロナルドは、「それ、それ」と人差し指を私へと向けた。
「ちょっと、人に指を向けない」
「いやでも! でもそれ! それェ!!」
「ふふん、そう、切りました。これでもうあなたも引っ張れないでしょう」
 大きな口がわなわな震えるも、結局それ以上の言葉は続かない。ただ眉がへにゃりと情けなく下がるだけだった。ここまで効果? がでるとは。あからさまにガッカリしているロナルドへ得意満面で言い放つと、彼はひゅっと息を呑んだ。吸血鬼らしからぬ健康的な肌色から、瞬く間に血の気が引いていく。
「えっ、えっ、じゃあお、俺のせい……ってコト?!」
「まあそうですね」
「おっおぎゃあっ!!」
 ロナルドが裏返った産声をあげてその場にガクンと膝を着いてびくびくと震えた。白目を剥いている。素直に怖い。というか邪魔だよ、こんな廊下のド真ん中で……。
「……髪を引っ張れないの、そんなに残念なんですか?」
 性格が悪すぎる。若干引いていれば、ロナルドは「ちっげーよ」と消え入りそうな声で絞り出した。
「ただ髪を切らせるつもりなんてなかったっていうか、そもそも別におれだって引っ張りたくて引っ張ってたわけじゃないし……いやたしかに触り心地いいなとかいい匂いすんなとか思ってたけど……」
 後半の内容もかなり気にかかったが一旦聞かなかったことにして、「じゃあなんで引っ張ってたんです」と尋ねる。用があってもなくても、会う度に引っ張ってたくせに。しょーもない嘘をつくなという気持ちで自然と目が窄まる。
「だって」
 膝を抱えた蹲ったまま――いい加減立て、廊下だぞ――、水幕を張った紅い瞳を上目遣いで差し向けられる。なんとなくいちごタルトが食べたくなった。
「だって、好きなやつはいじめるもんなんだろ、人間は……」
「……えっ」
「ドラ公がそう言ってたし……。だからおれ、お前にだけあんなことしてたんだぞ」
 ロナルドは濡れた声でぐずぐずそう零しながら、鼻を啜った。
 たしかにロナルドが髪を引っ張っていたのは私だけだ。マナブや希美にやっているところを見たことはない。でもそれは単に、私が隊員として舐められているからに違いないと思っていたんだが――あれ、えっ?
 呆然としていれば不意に手が伸びてきて、思わず固まる。
「長いの、好きだったのにな」
 襟足の短い髪に指を巻き付けながら、ロナルドが名残惜しげに呟く。言葉を返せないでいる私を気にせず、ロナルドは「今のも似合ってるけどよ」と残念そうな顔のまま続けた。


「きみって小五男子みたいだね」
「おう暴れてやろうか」
 おやつてして支給されたバナナパウンドケーキを丸かじりしていれば、いきなり喧嘩を売られた。詳しい意味はよく分からないが、罵倒されているのはなんとなく分かる。ドラ公を睨めば、ヤツはこちらの苛立ちなど何処吹く風といった余裕綽々な様子で軽く肩を竦めた。
「好きな子をいじめるなんて、青い人間らしくてかわいいねって言ってるんだよ」
「は? 好き――いや、は? 俺が誰をいじめてるってんだよ」
「ええ、自覚ないの。ほら、きみ、いつもうちのあの子に髪を引っ張ったりして、ちょっかいかけてるだろう」
「ああ……」
 挙げられたのは、ドラ公の部隊にいる隊員の一人だった。たしかに、一番よく絡むというか絡みにいってるというか。反応面白いし、なんかほっとけないんだよなアイツ。まあ、いじめてるつもりはなかったけど。いやそれより――。
「……えっ?」
「え?」
「えっ、え? お、おれ……アイツのこと好きなの?」
 血を飲んだわけでもないのに、頬に熱が集まってくる。え、そうなの? そうだったの? たしかにアイツ以外の人間にはあんなまとわりつきたくならないし、そ、そうなのかも……?! 混乱している俺を余所に、何が面白いのか、ドラ公が薄い笑みを口元に乗せて「うわー」と呟いた。
「自覚おめでとう。記念に一枚撮らせて、のちのネタにするから」
「人の恋で遊ぶな!……、……ていうか、うちの『隊』の、な」
「ん?」
「お前のじゃねーだろ」
「……ああハイ、大変失礼致しました。以後気を付けますよ」
 さっき引っ掛かった部分を遅れて指摘すれば、ドラ公は、やたら素直に謝罪した。

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