Kiss The Girl


「くちすいがしたいでござる」
 作家先生の定位置であるデスク方面から聞こえてきた声に、ドラルクはソファに寝っ転がってゲームをしながらおもしろめんどくせーなと思った。しかしちょっと今ゲームの進みがいいとこだから若干めんどくせーが勝ったので何もなかったことにした。
「接吻がしたい!!!!!」
 台パンの風圧で死にながら、ドラルクはあっこれ相手にしなきゃダメなやつ、と漸く悟る。データをセーブしてから、青二才に向き直ってやった。この青二才、なんと半年前に生まれて初めて恋人ができた。え? 高校時代一度告られた? 一時間でフラれてんだからあんなんノーカンじゃノーカン調子乗んな。
「好きにすればいいじゃないか、恋人なんだから。なんならもういっそ本人に直接相談したらどうだ、死ぬほど童貞臭いが」
「バッカお前バッカそんな簡単にしていいもんじゃねーだろほんとタイミングとかあるしこれだからまじ雑魚砂は。俺は自然な流れでキ、ちゅ、口付けがしてーんだよ。だからとりあえずなんかあの……エビ? みたいな……なんだっけ、セバスさんだっけ。あれに変身してジョンと一緒になんちゃらThe Girlセッションしてくんない? もちろん俺にしか聞こえないレベルで」
「誰がするかそもそもあれは蟹だヴァーカ! ついでにいうとセバスチャンのチャンは敬称じゃないこのヴァアバワーーーッ!」
 最後まで言う前にスリッパが飛んできて砂にされた。キスすらまともに言えないのほんと臭くて堪らない、やんなっちゃう換気して。ていうか変に濁す方が逆に生々しいの分かってる? ァァナスと再生しながら、ドラルクは壁にかかった時計と、出入り口のほうを見遣る。磨りガラスに人影が映っていたのを確認して、半分砂の吸血鬼はニヤリと口角を上げた。
「エーーーンちゅうしたいよぉ!!」
「童貞極めし惨めで愚かな性欲だけは旺盛ルドくん、あっち見てあっち」
「あ?……え?」
 誘導した先に佇んでいたのは真っ赤な顔をした件の恋人だ。可哀想な彼女は、いたたまれなそうに目をウロウロとさせていた。
「い、いいですよ」
「ホへァ?」
「ちゅう、私もしたいです」
 ちいさく健気な声に「ふひへゃあ」という情けなく汚い声が被さる。こんな可愛らしいお嬢さんとゴリラが付き合えるなんて人間ってほんと不思議と思いながら、ドラルクはほいやと気合いをいれて変身する。首から下がタラバガニになった。昨日通販番組で流れてたせいだろう。まあいいや、成功することのが少ないんだし。ドラルクはそう開き直ってカサカサ横歩きで筋肉隆々な赤い道を這って肩まで辿りつくと、ロナルドの真っ赤な耳元で所望されていた言葉を囁く。似非セバスは新鮮な灰になった。

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