断髪


 髪を切った。新年度だし、気分転換ということで。風にうなじを撫でられる感覚は随分と久しぶりで、心地がよかった。うん、切ってよかったな。
「おはようございます」
「ああ、おは――ン?!」
 と、呑気にできたのも、出勤するまでの話で。挨拶――当署では出勤時の挨拶は常時“おはよう”で統一されている――とともに部屋に入ってきた私を、ドラルク隊長は二度見した。力の抜けた手元から、書類の束が落ちてバサバサと床に散らばっていく。私は少し顔を顰めて膝を曲げた。
「ああもう、なにしてるんですか」
「あ、ごめん……いやきみがね?! きみがなにしてるの?!」
 なにって貴方が落とした書類を拾ってるんですけど、と顔を上げる。彼は「そうではなくて!」ともどかしげに声を荒げたあと、「ありがとね」と律義に付け足して書類を受け取った。
「……で、どうしたんだね、その髪は」
「いや、特に意味とかは……ただの気分転換です」
 そんな過剰に反応されると思っていなかったため内心でちょっと驚いていると、隊長は「あのさぁ」と溜息を吐いた。やれやれと挑発するような態度で首を振られ、少しイラっとする。
「吸対職員ともあろう者がそんなうなじガバーッな髪形なんかして……吸血鬼を相手取る職に就いているという意識と自覚が足りていないのでは?」
「うーん、説得力がいまいち」
 これがそれこそニク美からの言葉だったらハイすみませんと素直に項垂れるところなのだが。隊長の髪型だって首元をがっちり守ってるものとは言い難いと思う。
「そもそもうなじもとい首筋からの吸血に拘る吸血鬼なんて今時いなくないです?」
 隊服越しに腕を噛まれたりする隊員だっているし、今更だと思う。言い分に腑に落ちなくて目を細めれば、彼はフンと鼻を鳴らした。
「まだまだ吸血鬼に対する理解が足りないようだな。いいかね、やつらの性癖は基本的にうなじなんだ」
「はあ」
「そんな輩どもへうなじ丸出しで対峙しようだなんて、とても正気の沙汰とは思えんのだが?」
 ……いや、そこまで言う? 言い分に納得がいかないし、なにより出勤早々に発生した意味不明な叱られイベにガン萎えだ。パッとしない反応ばかりの私へ、ドラルク隊長はムッと眉間に皺を寄せた。
「なんだね、その不服げな顔は。これは上司としてのアドバイスというか心配というか年長者からの有難い忠告というか――」
「そんなこと言って、単にうなじが隊長の性癖なんだったりして! そんなにグッときちゃいましたか、私のうなじ!」
 しつこいなあという苛立ちで言葉を遮って笑うと、隊長は突然口を噤んだ。……え、なぜ黙る。というかなんか顔が赤、……えっ?
 

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