心中案内


 口を両手で押さえ、目の前の吸血鬼を睨みつける。バカみたいに奇抜な格好をした男は、ニタニタとした憎たらしい笑みを浮かべて私を見ていた。むっかつく顔しやがって。これだからこの街は。そこそこやばい能力のアホが集まってるの、本当に厄介。
「最悪」
 手の中で口が勝手に動く。能力が強まっている証拠に、ぎくりと硬直する。そんな私に反し、吸血鬼は厭らしいしたり顔を深めた。キッと睨みつける。
「黄ばんだ歯見せてくんなきっしょい歯ァ磨け!」
「吸血鬼の牙が黄ばむかアホ! 黄ばんでるとしたらそれは多分さっき食べたカレーじゃ!」
「いやだとしても食ったら磨けや」
 私のド正論に、吸血鬼はぐうと悔しげに唸った。反射的に勝ち誇るが、催眠をかけられてしまってるので、結果的には全然私の負けである。むしろこっちが『ぐう』だ。
「くっそ、今日の夕飯はカレーにしよう、ココ壱のシーフードカレーテイクアウトしよ」
「作れよ女子力ねえな」
「うるせえよニートは黙ってろ!」
「ニートじゃありません派遣社員してます!」
「あっそうなんだそれは偉い」
 零してしまった賛辞にまた口を押さえる。ウエェェン……口がポロポロするよォ……。応援を呼んだことを悔やむ。この吸血鬼、無駄に身軽で、先程からまったく攻撃が当たらないのだ。
「うう……せめて半田かケイが来い、あいつらなら何言われても傷付かんだろ」
「仲間に対してひどいこと考えてるんだなお前……」
「ストーカーとメチャクチャマンだぞひどくないわ。一番来てほしくないのは―――」
 垂れ流していた本音を、焦りが滲む声が遮る。背後で叫ばれた私の名前に、「あ、むり」と口が動くまま本音を呟く。剥き出しのおでこに汗を浮かべたヒヨシ隊長が、「大丈夫か⁈」と、ニヤニヤしている吸血鬼を警戒しながら、私の隣に並んだ。
「隊長……今一番来てほしくなかった人……」
「なんでじゃ! 珍しく救援要請だしたと思ったら、お前なんちゅうことを――」
「フハハハハハ! 我は吸血鬼本音ペラペーラ!」
「は?」
「隠した本音をぶちまけて人間関係がめちゃくちゃになるところを見るのが趣味!」
「性格が悪ぃ! 根暗!」
「やかましい! 言いたいことも言えないこんな世の中ポイズン! 鬱屈した世界に対する腹いせ!」
「ただの疲れた社会人じゃにゃあか。チラシの裏にでも書いとけ」
「それで満足してたらこんな能力には目覚めない。とにかくそんなわけなので、先程、我が能力をそこの女にかけてやったのだ!」
 隊長がハッと私を見る。「だからお前さん、今ずっと喋っとらんかったのか」小さく頷きながら、再度口元を両手でしっかり覆い、顎を抑え、話し出そうとする唇をきつく噛み締める。
「ん〜〜? どうした女。急にしおらしいな。さっきまであんなにぺらぺら喋ってたくせになァ?」
 愉しげな吸血鬼に腹の奥が怒りでグツグツと煮え滾る。自分の目と眉がこんなに近付くなんて知らなかった。
「よっぽど貴様に対する鬱憤がたまっているらしい!」
「……そうなのか?」
 見当違いなことを宣う吸血鬼に対し、そして不安そうに眉を垂れさせた隊長に、ついちげえよ、と言ってしまいそうになる。頭部をぶち折る首をぶちへし折る勢いで首を振って否定を示した。
「我慢は体によくないぞォってことで、そぉれそぅれ!」
 外れそうな程の力で開きたがる顎の動きに、またさらに催眠が強くなったのを感じた。
「たい、ちょ……」
 舌を噛んで、なんとかそこまでで耐える。痛みのせいで視界がぼやけたが、それどころじゃなかった。
 やだ、いや、言いたくない、のに。こんな――こんな、形で。
「わ、わたし」
「おい……?」
「わた、わたし、隊長が、たいちょうのこと」
 いやだいやだいやだ!
 涙が目尻から溢れる。驚いた顔をする隊長に、涙が目尻から溢れていく。もうこれは、痛みのせいではない。いっそ嗚咽で聞こえなければ、と泣くのに徹しようかと思ったが、催眠へのたいした抵抗にはならなかった。ただ惨めさが増しただけ。呼吸が苦しくて、ヒッと喉が引き攣った。
「隊長――」
「耳」
「え」
「口じゃなくて耳、抑えとけ」
 急かすような眼差しに慌てて指示に従う、でもだめだ、これだと口が。動いていく口を止める術が分からず、固く目を閉じた。
 ああ、とうとう聞かれてしまう。反応を見るのが怖い。吸対辞めてニートになろうかな。派遣会社紹介してもらうか。このトンチキ吸血鬼の穴を埋めさせてもらおうかな。喉が震えるのを感じながら、現実逃避に走る。
 しかし唐突に、手の蓋を貫いて、くぐもった、それでも鮮烈な破裂音がすぐ目の前からした。驚いて目を開けると、銃を構えた隊長と、のたうち回るアホ吸血鬼の姿があった。発砲の衝撃で付け髭を落とした隊長に、ジェスチャーで手を外してもいいぞと許可される。困惑しながら、恐る恐る手を下ろした。
「た、隊長、え、なにして……」
「能力、解けたか?」
「あ……」
 唇に指先で触れる。さっきまでの激しい衝動は、すっかり消え去っていた。
「だ、大丈夫です、治りました」
「あー、こりゃしばらくは耳聞こえんな」
 ヒヨシ隊長は、耳あたりをトンと手のひらで叩き、顔を顰めた。その手に収まる銃には、サイレンサーがついていない。
「っちゅーわけで、さっきお前さんが言おうとしとったことは、なぁんも聞こえとらんから。安心せい」
「あ、はい、ありがとうございます……」
 咄嗟に謝意を述べたが、彼は「聞こえん聞こえん」とカラカラ笑った。
「まあ、何を言おうとしたか分かったけどな」
「え」
「耳が戻ったら、改めて俺から言わせてくれ」
 それまでに、心の準備をしておくように。
 青い瞳がゆるりと細まる。呼吸も忘れ硬直した私の眦を、武骨な手がなぞる。硝煙の香りがした。
「今度は泣いてくれるなよ? 絶対悪いようにはならんから」
 この時点で私はキャパオーバーのためギャン泣きしたし、後日VRCからは、件の吸血鬼より『ごめんね』という旨の手紙と菓子折りが届いた。

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