だと思うなよ
私はカズサ本部長に推されているらしい。正直、複雑な気持ちだ。困るというか。
「俺の推しが今日もかわいい!」
「あ、はは……」
「生まれてきてくれてありがとう……」
誕生日でもないのに大袈裟な言葉だ。会うたびに言われているが、一生慣れない。手を擦り合わせて拝んでくる本部長に、空笑いを零すしかない。熱っぽい視線に居心地の悪さを感じながら、淹れてきたお茶を本部長の前に置いた。
「えっと、こちらお茶です」
「いただこう。……うっうまい! なんてうまいんだ……毎朝呑みたい……!」
ああもう、本当に反応に困る。お盆を胸に抱え、愛想笑いをなんとかキープしながら少し俯く。
カズサ本部長はいつもこうだった。私が何をしても、こうして過剰なまでに褒めてくれる。簡単な報告書を作れば、「完璧すぎる、これを神奈川県警で使う雛型にしよう」と言い出すし――泣き縋って全霊で止めた――、私が下等吸血鬼を討伐しただけで表彰だなんだと騒ぎだすし。
それらはすべて、私がこの人にとっての推しだからに他ならない。
「推しが尊すぎて困る件について」
「ハハ……」
ていうかこんなに分かりやすく愛想笑いされてもめげないというか、推し扱いをやめず押し通すの、本部長すごいな……。感嘆とも呆れともいえない気持ちで苦笑する。
この人にとって、私はきっと妹みたいなものなんだろうなぁ。推しであり、妹。好意は好意でも、そういう意味じゃない。脈なんてきっと、少しもないのだろう。
◆
「あの、困ります……」
「えー、困り眉めっちゃかわい〜」
休日に外に出ると、こうして知らない男性に絡まれることが多々あった。それは決して私が美人だからとかではなく、ただ単に『チョロそう』『声掛けたらヤれそう』という理由である。
「ね、ちょっと話そうよ、そこのカフェとか行かね?」
「いや、ほんとそういうのは……」
私も私ですっぱり断れたり、もしくは無視できたりしたらいいんだけど。オドオドと視線を逃がすだけで、緊張して言葉もうまくでてこない。
「大丈夫大丈夫、変なこととかはしないから。おねーさんかわいいから話したいだけだって!」
男性が手を伸ばしてくるのが、やけにスローに見えた。思わずビクリと体が震える。私だってこれでも吸対職員だ。避けるくらい造作もない、職務中であれば。でも生憎と、今は非番で。仕事モードにすぐ切り替えることができなかった。手が迫ってくるのに、身体が動かない。
グッと腕を引かれ、身体が傾いた――後ろへ。
「お、兄ちゃん見る目あるな!」
聞き慣れた声が、真上から聞こえてくる。
「かわいいよな、分かる」
固い動きで見上げれば、カズサ本部長がウンウンと頷いている。視線は合わなかったけれど、宥めるように腕を掴む指がトントンと軽くリズムをとった。
「でも残念、この子は俺が予約済みでな」
そうしてカズサ本部長は、お得意の弁舌で男性を圧倒して、追い払ってしまった。完全に二人きりになってから、パッと手を離される。
「悪いな、困ってるように見えたからつい出てきてしまったんだが、不快な思いをさせたか?」
「あ、いえそんな……むしろ助けてくれてありがとうございます!」
「ウッ推しのSSRスマイル……!」
いつもの調子を取り戻して「ありがとうございます」と謎の感謝をしながら胸を抑える本部長にも、今は困らない。
「本部長って」
笑いつつ口にすると、彼はきょとんと目を瞬かせた。
「私のこと妹みたいに思ってくれてるんですよね?」
「うん? 違うぞ? 俺妹属性ってNGだし」
「えっ」
カズサ本部長はけろりと言ってのける。自説が覆されて目を白黒させる私へ、本部長は愉快そうに目を細めた。
「えっでも、妹みたいな、お、推し? と思ってくれてるんじゃ……?」
「妹はまったく関係ないな!」
本部長はあっけらかんと言い、不敵に笑った。
「俺は単純にきみが好きだから推してるんだぞ」
しばらくフリーズする。「オーイ」と目の前で手を振られ、ハッと我に返った。
「あっ、そ、それは当然ライク! ですよね⁈」
「いンや違うなあ」
「えっ⁈」
のんびりと否定される。本部長はニヤニヤするだけで、ライクでないなら、という答えは一向に教えてくれなかった。
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