意地っ張りな女神


「……!」
 声を上げかけたが電車の中だったので、口内を血が出るほど噛み締めてなんとか耐える。叫びたい気持ちを押し殺して、静かにスクショだけ撮って、私は一旦携帯の電源を落とした。……いや、幻覚じゃない? 気のせいでは。だって今の十連じゃなくてチケット単発だもん、そんなまさか、まさか……。
 呼吸を整えて、再び携帯の画面をつける。つけるなり、最高レアの輝きを惜しみなく振りまくピックアップキャラが画面に表示された。うそ、ほんとにいる。幻覚じゃなかった……。景気づけにチケット一回やっとくか、なんて軽い気持ちだったのに。信じられない思いでうっとり眺め、とりあえずもう一枚スクショした。
 不意に電車が大きく揺れ、隣の人にゴンとぶつかってしまう。私は謝るために顔を上げたが、ぶつかった人を見るなり、その威圧感にぎょっとしてしまった。背ェたっか。身体ゴツ。つり革ではなく網棚を掴んで立っていたその黒髪の男性と、ばちりと視線が合う。
「あっすみませ……」
「いえいえ、お気になさらず!」
 声もでっかいし、そんでなぜか満面の笑み。怖い人じゃなさそうでよかったけど……。最後にもう一度会釈をしてから、私は体勢を立て直して足に力を込めた。
 気を取り直してまたゲーム画面をひらく。せっかくだし十連ガチャも回そう。重なったらラッキーだし、ピックアップキャラ以外のすり抜けだってもう嬉しい。だけどこの際ドブでもよかった。これは感謝のお布施だから。十連のボタンを軽く押す。期待なんてまったくしていなかった。――そう、ついさっきチケットを回した時と同じように。召喚演出を飛ばすために、ぽんぽんと画面をタップしていると、急に始まった虹回転でスキップが中断される。わ、わあ、重なっちゃった! 嬉しい! そんなに私のところにきたかったんだね……! ウェルカム、即刻最強のキャラにしてあげるから。
 なんて感動できたのも、その一枚目だけで。
 続いた二度目の虹回転に呼吸が止まり。三度目の虹回転で心臓も止まって。そうして止まっている間に、四度目の虹が弾け。
「……はっ?」
 やがて迎えた五度目で、とうとう声が漏れた。ただ今の気持ちは『うれしーっ!』ではなく、『どっどうして……⁈』だったため、大きな声にはならなかった。不幸中の幸いだ。いや言ってる場合か? えっえっ、普通に十連押したつもりだったんだけど、えっ? なにこれ。なんか不正しちゃった? 垢BANされないこれ。されるでしょ絶対。運営に言うべき……? でも、でも……。
 震える手で一旦スクショをして――何度も失敗して電源を落としまくってしまった――から、ピックアップキャラが五人並ぶ十連結果を呆然と、穴が開くほど見つめる。うれしいよ、うれしい、そりゃうれしいけど、でも、これあの……えっ? 死ぬのかな、私。
 扉が開いた音と流れ込んできた冷気にハッとして外の看板を見る。【新横浜】――私の降りる駅だ。慌てて電車を飛び出すと、背後でドアが閉まる音がした。
「なあ、きみ」
「えっ」
 ホッと息を吐いたのも束の間、背後から声をかけられる。それはついさっきぶつかった男性で、けれど先程と違い、その顔に愛想のいい笑顔はない。どころか鬼気迫る表情をしていて、その鋭すぎる眼差しに一瞬で心臓が縮みあがる。えっなに、追ってきたの? さっきの、実は激おこだったの?
 私が震えていると、男性は自分の携帯を取り出した。なにをするつもりかと怯える私を気にせず、男性は――流れるように携帯を横持ちした。……うん?
 しばらく操作してから、男性は携帯を横にしたまま、画面をこちらへ向けて差し出してくる。それは見慣れた、というかついさっきまで見ていた画面。
「どうかその尊きお指を僕に貸していただけないでしょうか」
 後生です、なんでもします。
 そう言った男性は、携帯だけは恭しく掲げたまま、綺麗な直角お辞儀をした。
「……分かりました」
 なるほど、同志。ならば怯える理由はない。私は差し出された携帯を、両手で慎重に受け取った。たしかに、自分でも今の私の指にはなにか宿っている気がしてならない。
「でもドブっても責任はとれませんからね」
「無論だ。ラッキーをお裾分けして貰えるかもという可能性だけで有難い。どんな結果になろうと絶対に文句は言わないさ。とりあえず出るまで回し続けてくれ。あるだけ頼む」
 あるだけて。ガチャ石は軽く百五十連分はあった。引きながらも、意を決して画面に触れる――。
「……うおあアアッ十連一発目でまじかきみ! まじかきみ‼」
「やばい我ながら神すぎる……!」
「いやほんとそう、本当にありが……え待って、えっまた虹回転――」
「――えっ?」
 その後の回転をスキップなしで最後まで見届けた男性は、携帯を掲げたまま、ドサリと膝からその場に崩れ落ちた。私も私でピックアップキャラが三人並ぶガチャ結果に放心する。
 他人のアカウントで三枚抜きした。
 私はこの日、たったの二十一連で最高レアを計九枚引き当てたのだった。
「……今日死ぬのかな、私」
「命にかえても俺が守る」
 これが、カズサと私の出逢いである。
   ◆
 それ以来、私とカズサは、ソシャゲのピックアップが始まるたびに集合する仲になった。とはいえ、当然あんな奇跡はあの日だけだ。それ以降は普通にドブだったり嘔吐きながら天井したり、運良く一枚引けたり、という至って普通のソシャゲ生活を送っている。ちなみに垢BANはされなかった。
「俺お前のRINEの登録名『おれの女神』にしてる」
「早急に変えて」
「ダーリンとかにか?」
「なんでだよ」
 普通に名前でいいじゃん。そもそもわざわざ変えなくとも。ニヤニヤしているカズサへ、呆れて肩を竦める。人をからかうのが本当に好きなやつだ。
「ダーリンがいやならハニーするかぁ」
「それもおかしいだろ」
 雑にツッコミながら、パフェにスプーンを突っ込み、ミルクティーアイスを口に運ぶ。早くも溶けかけていた。それでも濃厚な美味しさは変わらないので、自然と口元が綻ぶ。
「えー、美味そうだなそれ……」
「頼めば? 食べれるでしょ」
「余裕で食える。が、もうすぐ検診があってな……」
 カズサがムム、と唸った。自身の前に置かれたマロンパンケーキと、私のパフェをしばらく交互に見てから、やがてキリッと眉根を寄せた。
「ハニー、アーンしてくれ」
 私もオタクなので、ちゃんと分かっている。これがそういう“ノリ”でしかないことを。分かってる、弁えてる。だから、安易に勘違いしたりはしない。どんな言葉も、声色も、表情も、騙されたりはしない――決して。
「……やだよ」
 自分に強く言い聞かせつつ、私はわざとらしくならないよう努めて顔を顰めた。カトラリーから細長いスプーンを取り出して、カズサへと押し付ける。
「食べたいなら自分で取って」
「おっじゃあついでにブラウニーももらっちゃお」
「おい」
 止める間もなく、嬉々として開いた大きな口の中に、ブラウニーの塊とアイスとコーンフレークを贅沢に乗せたひとすくいが吸い込まれていく。それ一個しかなかったのに! 
「うっま。あー、これにしてもよかったな〜!」
「……あっそ。じゃあ次はそうしたら」
 文句を言おうとしかけたが、整えられた眉がご機嫌に上がっているのを見ていたら、怒る気も失せてしまった。暴君に仕える家臣ってこんな気持ちなのかな……なんて思っていれば、視界に突然一口大のパンケーキが入り込んでくる。パンケーキに刺さったフォークの持ち手を見遣れば、その主は貼り付けたような完璧な笑みを浮かべていた。
「……なに」
「ほれ、お返し。これもうまいぞ〜」
「…………いや、普通に自分で食――んむ!」
 言葉の途中で、マロンクリームがたっぷり乗った一切れを突っ込まれる。口の奥までしっかり押し込んでから、フォークがずるりとゆっくり引き抜かれていった。口いっぱいのそれを、零さないように必死で咀嚼する。いくら柔らかくても量があると飲み込むのも一苦労で――というかそもそもパンケーキって普通にパンだし――、私はやや苦しい思いをしながら、なんとか嚥下した。したり顔のカズサの顔の横で、銀のフォークが鈍く光る。私のリップがついてしまったのか、先端がほんの少しだけ紅くなっていた。
「な、美味いだろ?」
「……多いんだよ、バカ!」
「イッテェ!」
 口内が甘ったるい。胸焼けがしそうで、叫びたくなる。そんな衝動を私は暴力へと変換して、目の前の男の脛を懇親の力で蹴り飛ばした。
   ◆
 カズサとはオタク仲間だから、プライベートな話はそんなにしない。仕事がめんどいやら、妹が、やら、どこら辺に住んでるか、とかくらいなら知っているし、そういった程度の雑談はするけれど、仕事は何で休みはいつで、とかは話したことがなかった。カズサがそういった話題をださないので、私もなんとなく聞いてはいけないように思っていた。こういう線引きが恋心を自重させ、ア? 恋なんてしてないが?
「……えっ」
 だからとにかく、白い隊服を身にまとったカズサを視界に入れた瞬間つい声をあげてしまったのは、仕方のないことだと思う。見てはいけないものを見たのではないか、という動揺を押し殺せなかった。早く立ち去らねばと思うのに体が動かず、しばらく凝視してしまう。
「……ン? おお!」
 視線で気が付いたのか、急にこちらを振り返ったカズサと目が合う。ヤバいと焦りが込み上げたが、カズサの方はイヤそうな顔をこれっぽっちも見せなかった。むしろ屈託なく笑って手を上げると、狼狽する私の方へズンズン近付いてくる。
「この前ぶりだな」
「あ、うん……え、と、し、仕事中、では?」
「ああ、まあ、もうほぼ終わってるし――ヒヨシ隊長!」
「なんじゃ」
「火急の用ができたのであとは任せた!」
「はあ⁈」
「これでヨシ。行くか」
 銀髪の男性が声を荒らげるのも気にせず、カズサはさっさと歩き出してしまった。いいのかと思いながらもカズサを追いかけ、一応隣に並ぶ。
「え、用ってまさか私?」
「それ以外になにがある?」
 意地悪い質問返しだ。口を尖らせた私に、カズサは「悪い悪い」と愉しげに笑った。
「せっかく会ったんだ、お茶でもしよう。新章についてまだ語れてないだろ」
「まあ仕事がほんとにいいならいいけど……でも、その格好で?」
 彼の服装を上から下まで見てしまう。白く長いコートは、何度か見たことある吸対の人たちの服とは、また違った形をしている。
「……カズサってもしかして、すごく偉い人なの? さっきも隊長とか呼んだ人に指示してたし」
「ん? まあな。……ああ、そういえば俺の仕事について話したことなかったか。フフン、聞いて驚け、これでも俺は神奈川県吸血鬼対策本部長なんだぞ」
 わざわざ立ち止まって胸を張ったカズサに、いやうそだろと思った。普段のカズサ《ガチャ爆死生活費全ベット限界オタクの姿》を知っているし、というかそれしか知らないので、にわかには信じがたい。
 でも平隊員とは違う服装とか、テキパキ指示を出していた姿とかも見てしまった。本当にうそではないらしい。
「へえ、すごいね」
「だろ?」
 素朴な感想を素直に口にすると、カズサはニヤリと口角を歪めた。あまりよろしくないことを考えている時の笑みに嫌な予感がして、咄嗟に一歩引く。が、遅かった。
「どうだ?」
「え……」
 やたらキザったらしい仕草で、カズサが私の手を掬う。口元近くまで持ち上げられ、指先に彼の息が少しかかった。その距離感と先の読めない行動に、なにをするつもりだと体が強ばる。
「な、なに……」
「惚れ直したか?」
「……は⁈ 惚、何言ってんの⁈」
「ハハ、冗談だ」
 びっくりしたびっくりしたびっくりした――バレてんのかと思った。
 カラカラ笑うカズサに、内心でひっそり胸を撫で下ろす。……でも誤魔化せてるのだろうか、これ。頬がすごい赤くなってる気がする。火照りを訴える頬に、なんとかして顔を隠したくなったけれど、まだ手が捕らわれたままだった。
「ちょっと、離してよ」
 不機嫌を装ってまた睨みつける。カズサは先程とはまた違う、柔らかい笑みを湛えて見返してきた。理知的な瞳が柔らかく垂れる。
「――惚れてくれたか?」
 

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