未来への投資


 デートがうまくいった試しがない。私の恋人はとっても仕事熱心なので、それは仕方のないことだった。
「むむっ辻斬りの気配ッ! と思ったら辻田さんではありませんかこんなところで奇遇ですね‼‼」
「ギャーッ! でた!」
 ほんの三秒前までお昼どうしようかと話しながらのんびり歩いていたはずなのだが、カンタロウは一瞬で少し行った先の裏路地へと移動していた。ゆっくり後を追った先で、もはやすっかりおなじみ辻田さんと歓談している。
「こんにちは、辻田さん。相変わらずお元気そうで」
「これの! どこが! 元気に見える!」
「えっっっ辻田さんはいまお元気ではないのですかそれはなんと由々しき事態! よければ本官の家でお休み――」
「元気だこの世で一番元気だ余計な世話はいらん頼むから一刻も早く失せてくれ」
「元気ですか! それはよかったであります! 体調がよろしいのでしたら、辻斬り調査に是非ご協力を‼‼」
「ンオアアアアア‼」
 キラキラ顔を輝かせるカンタロウを微笑ましく見守る。今日のデートはここまでかな。残念だけど仕方ない。さっき見つけたカフェはまた今度の楽しみにとっておこう。
「じゃあお仕事頑張ってね」
「ありがとうございます!」
 カンタロウが敬礼をする。少しの翳りもない太陽のように明るい笑顔だ。私の大好きな彼の顔。私もつられて笑顔を浮かべながら、颯爽と路地裏奥へ勇み足で向かうカンタロウと、そんなカンタロウに引き摺られるようにして歩く辻田さんを見送った。
   ◆
「あれ、カンタロウ?」
 家に帰って映画でも観るかとひとり休日を満喫していたら、来客を報せるチャイムが鳴った。誰だろうと玄関へ向かえば、立っていたのは数時間前に分かれたはずの恋人で。和やかにお別れしたはずなのに、今はなぜかとても落ち込んでいる様子だった。また今日も辻斬り調査がうまくいかなかったのだろうか。でも普段ならうまくいかずとも、彼は笑って「次こそは!」と気合を入れるのに。
「どうしたの、なにかあったの?」
 問い掛けても、カンタロウは押し黙ったままだ。返事のかわりに、すっかり赤くなった鼻を啜った。
 とりあえず、と彼の冷え切った手を引いて室内へと招き入れる。
「報告に」
「うん?」
「さっき署に、報告へ行きました」
 ソファに座らせ、ブランケットで包んでココアを渡したところで、彼はやっとぽつりと話し出した。いつもの快活とした声とはまったく違う、蜘蛛の糸のように細くて頼りない声だった。
「もしかして辻斬りを見つけたの?」
「いえ、そういうわけではないのですが、非番とはいえ一応活動したので、その報告に。今日みたいな……あなたとお出掛けする日の途中で辻斬り調査を行う際は、いつもそうしています」
「そうだったんだ」
 真面目だ。えらいなと思いながら続きを促す。
「それで、それで……ヒヨシ隊長に」
 カンタロウは一度言葉を切って、唇を噛み締めた。
「隊長に、『そんなことばかりしていると、恋人に愛想を尽かされるぞ』と」
「えっ」
 思いもよらぬ言葉に目を見開く。カンタロウは私の方へと瞳だけを緩慢に差し向けた。
「恥ずかしながら、隊長に言われるまで、そんなこと夢にも思ったことがありませんでした。でも思い出してみれば、自分はあなたと二人でお出掛けしているときに辻斬りの気配を感じたら、絶対にそちらへと向かってしまっていて……」
 彼は暗い顔で滔々と、まるで罪を告解するように重たい声音を紡いだ。
「いつも笑顔で送り出してくれるあなたに、甘えてしまっていたことに、自分はやっと気が付いたのです。……本当に情けない」
 カンタロウの横顔が、泣き出す直前のようにぐしゃりと歪む。
「隊長の言う通り、愛想を尽かされてしまっても仕方ありませんね」
「そんなことないよ!」
 ヒヨシ隊長とやら、余計なことを言ってくれたなもう。マグカップの熱が移ってきている武骨な手に、自分の手を重ねた。自信のなさそうな鳶色が涙で揺らぐ。
「ねえカンタロウ、そんなことないよ。愛想なんて尽かすわけない。だって私は、辻斬りが一刻も早く捕まることを、カンタロウと同じくらい願ってるんだから」
「えっ……」
 優しく言って微笑むと、驚いたように彼の目が見開かれる。
「ど、どうしてですか? ハッまさかあなたも被害に……⁈」
「そうじゃないけど、でも辻斬りが捕まれば、カンタロウは嬉しいでしょう? それが今のカンタロウの望みでしょ?」
「そ、それは、まあ……」
「だからだよ。好きな人の目標を、恋人の私が応援しないわけないじゃない」
 見開かれていたカンタロウの瞳が細かく揺れ、奥からぶわりと波がせり上がってきた。名前を叫びながら飛びついてきた彼を倒れながらも受け止め、しゃくりあげる頭を撫でてやる。
「うう、うう……」
 そうするとますます泣き声が激しくなったので、つい苦笑してしまった。

 ――辻斬りが捕まれば、カンタロウは嬉しいでしょう?
 ――好きな人の目標を、恋人の私が応援しないわけないじゃない。
 ……なんて、半分ほんとで半分は建前だ。私が彼の活動を応援する理由は、『恋人の応援』なんて純粋な気持ちだけではない。

 だって辻斬りが捕まれば――彼の中から辻斬りという存在≠ェ消えれば。そうしたら、私は、今度こそ彼にとっての唯一になれるから。
「すきです、すきでありますぅ……」
「ふふ、私もカンタロウがだぁいすき」
 ぎゅうと背中に手を回される。私もごわついた質感の髪に顔を寄せ、チクチクしたその感触に頬を緩めた。
「――世界でいちばん愛してるよ」
 ああ、早く捕まらないかな、辻斬りナギリ。
 

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