啼いている


 実は、と照れくさそうに潜めた声で告げられた『彼の夢』が意外で、つい瞬きをする。へえ、知らなかった。
「ね、なにか描いてみせてよ」
 そうせがめば、カンタロウは、「え〜そんないきなり言われましてもぉ……」と言いながら、満更でもない顔で紙に額を擦り付けるようにして絵を描き始めた。しばらくガリガリと、そんな音でる? ってくらいに大きな音が部屋に響く。
「できました!」
 彼は新しい年号を掲げる大臣のように誇らしげにして、出来上がった絵を私へ見せてくれた。荒々しく力強い線で描かれた見たこともないキャラクターが左斜め方向を向いている。彼の創作キャラだろうか。ぶっちゃけてしまうと、上手くも下手でもない、普通の絵だった。
「……私好きだな、カンタロウの絵」
 けれど気が付けば、そんな言葉が自然と口をついていた。お世辞でも贔屓でもなんでもない、掛け値なしの本音だ。
「いずれは出版社に『持ち込み』とやらをしてみたいのです」
 描きたいものはたくさんあるので、とはにかむ彼につられて笑う。
「私にもいつか読ませてね」
「もちろんです!」
「一番最初だよ。出版社の人よりも早く」
 ちょっとした冗談のつもりで、実直な彼をワタワタと困らせてやるつもりで弧を描いた口で言う。
「はい」
 だのにカンタロウは、平然と、なんの衒いもみせず、生真面目な顔で頷いた。
「ぜひあなたに、一番に読んでいただきたいです」
 予想と外れた反応に、逆に私が狼狽えて言葉に詰まってしまった。
 ああもう言ったわね。ならぜったい、絶対よ。私が絶対、一番最初にあなたの描いた世界を読むんだから! 
「約束ね、破ったら泣いて怒るからね、私」
 照れ隠しにわざと顔を怖くして詰めよれば、カンタロウは「楽しみにしててください」と柔らかく破顔した。

 それが、彼が辻斬りに襲われる数日前の話だった。
 

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