ラッキースケベ・ロマンス
恋人の家に遊びに来た。
というのに、私たちは、なぜか部屋にも入らず二人並んで部屋の戸口で佇んでいた。ただただ棒立ちして室内を見つめる。傍から見たら異様な光景だろう。でも仕方ない、だって部屋の主が扉開けた途端固まっちゃったから……。助けを求めて隣を見たと同時に、ミカヅキくんはハッと肩を跳ねさせた。
「じゃあ、あの……どうぞ入って! そことか、座っていいから」
「あ、うん、ありがと、失礼します……」
指さされた方を見ると、ベッドを背もたれとする位置に、ピンク色のクッションが置かれていた。思うところがありながらも、お礼を言いながらぎこちなく腰を下ろす。
「あ、あの――……お、お茶とか持ってくる」
「あっ、手伝うよ」
「大丈夫、僕がやるから! きみはゆっくりしてて!」
止める間もなく行ってしまった。ちらりと見えた残像は両手両足を同時にだしていた。
家に来てから、いや、今日会ってから、もうずっと緊張しっぱなしだ――私も彼も。
別に、別にね? ミカヅキくんだってそういうつもりで誘ったんじゃないだろうし。だからそんな身構える必要はないんだけど。まあ念の為ちょっとあの、えっちな下着は着てますけどもね。いや念の為。念の為ね! 備えあれば憂いなしだし別に期待しているとかじゃないから全然そんなんじゃないからほんと違うから!
私は緊張を解すために息を深く吐き出してから、改めて彼の部屋を見回した。なんていうか、想像どおりな部屋だ。シンプルで、整頓された男の子の部屋といった感じ。……このクッション、もしかしてわざわざ用意してくれたのかな。なんか、部屋の中でこれだけ異質というか分かりやすい女の子感が……。
あまりじろじろ見ては失礼とは分かっているけれど、好きな人の部屋と思うとやっぱりどうしても落ち着かない。ついそわそわとあちらこちらへ視線を彷徨わせてしまう。
「……あれ、なんだろ」
何気なく視線を落とした先、ベッド下の隙間から、黒い紐のようなものが伸びていた。特に深く考えず、私は紐へと手を伸ばした。ただの紐かと思ったが、引っ張ればそこそこに重たいなにか、が――。
「……え?」
「お待た、せ⁈」
扉口でジュースやお菓子の乗ったトレイを片手に硬直するミカヅキくんと、黒いビキニをつまみ上げて凝視する私。傍から見なくとも、地獄の空間だった。
「……ぼっ」
震えた声が長い沈黙を破る。ミカヅキくんの顔は、おでこまで真っ赤になっていた。そんな彼が、わっと叫ぶ。
「僕の趣味じゃないからぁ!」
趣味じゃないビキニが、なぜ部屋にあるのだろう。
第三者――怪しく笑うグラマラスな年上の女性が、自然と脳内に思い描かれてしまった。黒のビキニを、こんなに小さな布切れを見事に着こなす、えっちなオトナのおねーさん。
浮かんだ疑問への推測は、我ながらあんまりだ。でもそれ以外ちょっと、いまは思いつかない。
「か、帰る」
「えっ⁈ なん――ま、待ってよ!」
私はなにかに急き立てられるようにして、勢いよく立ち上がった。ミカヅキくんがぎょっとしたように慌てふためいて、トレイをテーブルへ置き、扉口で通せんぼしてきた。
「なんで⁈ こ、これ別に、本当に僕の趣味とかじゃ全然ないのに⁈」
「趣味じゃないビキニが家にあるなんておかしいよ!」
「そ、それはたしかにそうだけど、あの、だから、これ、これは――し、仕事! 仕事で使うから! だから仕方なく持ってるだけで!」
「仕事⁈ いつの間にそんなえっちな副業を⁈」
「始めてない! 本業で使うんだよ!」
「本業で⁈」
もうちょっとマシな言い訳ないの⁈ ミカヅキくんは吸血鬼退治人という仕事に誇りとプライドを持っていると思っていた。いたのに……。
ショックを受ける私へ、ミカヅキくんは覚悟を決めたような面持ちをした。
「……実はこれは――」
告白された時と同じくらい真剣な顔で一頻りの説明を受け――てもなお、やっぱりすんなり納得はできなかった。だって、え、なに、吸血鬼マイクロビキニ……?
「うう、本当なのに……『新横浜 吸血鬼マイクロビキニ』で検索したらでてきたりしないかな」
「えぇ? でるわけ……うそ、本当にでてきた、マイクロビキニだ……あっ」
「なに?」
「ううんなんでもない」
画像をスクロールしてたらマイクロビキニを着たミカヅキくんの写真がでてきた。見なかったことにした。うそ、ブクマした。あとで保存。保存したら通報しようあのアカウント。
「じゃあ本当に仕事で使ってるんだね……本当に……」
「うん。信じてもらえたみたいでよかった」
「……ちなみに、ちなみさ。後学のためにお尋ねするんですけど」
コホンと咳払いをして、私は居住まいを正しながら尋ねた。
「……本当に趣味じゃないの?」
「違うってば! こんな卑猥な……って、後学?」
訝しげなミカヅキくんへ、こくりと頷く。自身の頬が火照っていくのを感じながら、ビキニを指差す。
「黒とか、あとあの……か、形とか? が、いやなのかなって……」
必要最小限の箇所だけを隠すデザインの際どすぎる形は、まだ未成年の私には正直手を出しづらい衣装だ。でも、でも……。
「その、ミカヅキくんがもしこういうの、そんなきらいじゃない、とかなら……」
「……とか、なら……?」
「……がんばってみるのも、や、やぶさかではないです、みたいな……」
ミカヅキくんの金色の瞳が、ビキニ、私の顔へと動く。一瞬だけ顔から下へも視線を向けられたが、それに気が付かなかったフリをして、私は再び口を開いた。
「黒のマイクロビキニ、趣味じゃない?」
「しゅっしゅみ――趣味じゃ、しゅみじゃ……」
彼の口がわなわなと震え、やがて途絶える。私は言葉の続きを、じっと固唾を呑んで待った。
「……ない、わけではない……かも」
鮮やかな朱色の顔から、蚊の鳴くような声が紡ぎだされる。私も羞恥で顔を俯けながら、「そっか」と小声で返した。じゃああの、次は黒い下着を着てこようかな。マイクロビキニは、まだ無理だけど。
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