宵の明星が穿つ
好きな人よりかわいくなりたいなんて、とても思わない。けれど、好きな人にはやっぱり、かわいいと思ってもらいたかった。好きな人に少しでも良く思われたいというのは、恋をしている者なら全員そうなのではないだろうか。
そんな事情で、最近の私は自分磨きに精を出している次第だ。金も時間もめっちゃかけてる。その甲斐があったのだろう。
「髪すげーサラサラだな」
とある日のギルドでの待機中。マリアが感心したように、私の髪をサラ……と撫でた。ほっそりとした指が髪を梳かすように動いていく。その感触と感想に「オホッホ!w」とゴリラみたいな雄たけびを上げかけてしまった。
「そう? シャンプー変えたからかな」
内なるゴリラをなんとかしまって、澄まし顔を取り繕う。あーよかった、一本六千円のシャンプーとトリートメントとヘアパックとヘアオイルはやっぱ効果あったんだ。しみじみ感動する。
「へー! 俺はそういうのあんま詳しくねェんだよなァ」
まあそう言いながら流れたマリアの髪は、私の五億倍はサラツヤだったので、浮かれかけていた気持ちも一瞬でスンとなってしまったのだが。
「マリアはなに使ってるの? どっかの美容院のやつ?」
性格的になさそうと思いながら聞けば、案の定「んなわけないない!」とマリアは歯を見せて笑った。うん、知ってた。
「まあだろうとは思ってた。薬局の一番安いやつもしくは石鹸で丸洗いだろうなって」
「どういう意味だコラ。まあ合ってるけどよ」
「なのにその髪質って……いいな、食生活とかかな。普段何食べてるの?」
「ダチョウの脳みそ叩き潰したやつとか」
「そっか……」
真似できそうにないなと思った。色んな意味で。
「最近いろいろ頑張ってるよな、お前」
「えっそう⁈」
気付いてもらえてる! ってことはそのくらい効果がでてきてる! そんな思いでつい声が大きくなってしまったが、マリアは特に気にした様子を見せず、「おう」と頷いた。
「うわ、えっと、えーっと……え、あの、じゃあ、マリアから見て私って……か、かわいくなってきてる……ってコト⁈」
「んん? んー、まあ……そう、なのか……?」
「……あ、そうでもない感じ?」
うおおお煮え切らん返事! あからさまに困った反応! なん、えっ違うの、まだそこまでじゃない? 調子乗りすぎた? 乗りすぎたらしい。挑むにはまだレベル上げが足りなかった。
「……いや、だってよ」
軽率な己の言動を後悔していれば、なにかを考え込んでいたマリアが、声を発した。
「俺、お前のことは、もう前からかわいいって思ってたしな」
「……ェ?」
「だからなってきてるもなにも=Aなんだよ」
蜂蜜が流れるようにゆったりと微笑んだマリアに、再び髪を撫でられる。蕩けた黄金色の瞳は、真っ直ぐこちらへ突き刺さっていた。
「お前はずっとかわいいよ」
>>back
>>HOME