エマージェンシー・アンサー
最近、ターちゃんと目を合わせられない。別になにか悪いことをしたわけでもないし、ましてや彼女が嫌いになったからとかじゃない。それなのに、彼女を見ていると、彼女と話すと――そして、触れられると。なんだか胸の奥がこう……きゅうっとするのだ。居ても立っても居られない気持ちになって、その場に転がり回りたくなる。嫌悪感なんてものでは決してないし、どちらかといえば嬉しいと感じている気はする。ただやっぱり苦しくて熱くなって堪らないので、結局避けたり逃げたりしまうのだ。
そんな調子なのに近くにいないのは寂しいとか思ってしまうので、自分でも本当に自分がよく分からない。
近付かれたらさりげなく逃げ、でも離れていかれたらそっと近寄る。
私は最近、そんな不審者ムーブばかり行っていた。
「オイ、いい加減にするある」
だから、そんな意味不明な言動にターちゃんの堪忍袋の緒が切れるのも、時間の問題だった。
退治帰りにばったり出くわしたので一緒にギルドへ戻る流れになったのだが、私がずっと俯いていたり顔を背けたりという挙動不審なことばかりしていたので、ついにターちゃんがキレた。当たり前、というかむしろ彼女にしてはもった方な気さえする。遠回りなことが嫌いで、さっぱりしていて、少し毒舌で、でもなんだかんだ面倒見がよくて、友達思いで――そう、友達思い。彼女にとって、私はただの友達。
「聞いてるか、オイ」
「お゙あ゙っ……」
自分の思考の中にトリップ仕掛けていたが、ドスの効いたターちゃんの声で意識が戻る。私の顔横の壁にバンと手をついたターちゃんは、退治のときにすら見たことないくらいガラ悪く凄んでいた。ターちゃんは私より小さい。なのにブチ切れているせいか、見上げられているのに見下ろされているみたいな迫力があった。
「えっと、あの……」
怯えで体が揺らす私に、ターちゃんは舌打ちをせんばかりのしかめっ面をする。ヤベエ人相をしている。普通に怖い。人気商売なのに。誰かに見られたら、と思ったが、生憎とここはシンヨコハマ・ヒトゼンゼンコン・フシギウラロジだったので、猫一匹すら通りかかる気配はなかった。
「お前、なんかヘン。私なにかしたか」
「しっ、いや、ターちゃんはなんもしてな……」
「じゃあ何ね、なんで避ける。なんでこっち見ない」
「そ、そんなこと……」
「うそつくな」
ターちゃんがムッと顎を突き出すと、グッと顔が近付いた。グア、ちかいちかい、ちかい! ミッと喉奥が引き攣り息が止まる。たまらず目を固く閉ざすと、「ほら、また」という責めるような小声がした。でも、だって、内心で管を巻く。喉が締まってるため、口にはできない。
「……私のこと、イヤになったか」
力無い声が、弱々しく鼓膜を揺らした。驚くほど急に目蓋から力が抜けたので、私はパッと目を開いた。ターちゃんは目を伏せていたので、視線は合わなかった。長い睫毛が細かく震えるのがいやに鮮明にみえる。
苦しげに眉根を寄せたターちゃんは、強張った動きで壁から手を離した。正常に戻った距離感に――戻ったはずの距離感に、私は安堵するどころか、奇妙な喪失感を抱いていた。ああ、またこれだ。なんなんだろう、ほんとうに。どうしてしまったんだろう、私。自分の心がさっぱり分からず困惑する。だってさっきまで近いって、息もできないって、離れてほしいって思っていたはずなのに。どうして私はいま、こんなに寂しくなっているのだろう。
「安心しろ。……もう近付かないね」
「や、やだ」
「は?」
だらりと下がった彼女の白い手を掴む。ぴくっと震えたけれど、振り払われたりはしなかった。
「私、ごめん、この前からずっと変で。自分でも分からないんだけど、ターちゃんと話すと、すごく緊張するの」
「……うん」
「で、目も見れなくて、だって見たら、なんかすごい心臓がバクバクして……」
「……うん?」
「でも目を合わせたくないわけじゃなくてね、むしろ本当はずっと見てたくて。でもそうしてたらきっと、心のなにかが破裂しそうになっちゃいそうって思って、だから顔とか全然見れなくて」
「うん⁈ ま、待つね、ちょっと止ま――」
「けどターちゃんが傍にいないのもほんとはすごくすごく、すうっごく嫌で! ほんとはずっと隣にいてほしくて、私だけを見ててほしくて‼」
衝動のままに口を開く。ターちゃんが茫然といった表情で、はくはく口を震わせていた。おかしいよね、自分でもそう思う。自嘲じみた笑いが勝手に浮かんできた。
「ごめんね、こんなの、意味不明だよね。でもわかんないの、自分でも」
分からないけれど、たった今吐露した欲望はなんだかとても気持ち悪いもののような気がした。泣きたくないのに涙が滲んできて、鼻がツンと痛む。
「ごめんね、きらいにならないで」
「……なるわけないね」
そう言って、彼女は私の頭を自身の華奢な肩口へと引き寄せた。
ああ私、ターちゃんと友達でよかったなあ。だって、友達だからこそ、いまこうしてこんなに優しくしてもらえてるんだから。嫌いにならないって言ってもらっちゃったに加え、頭まで撫でてもらえてる。えへ、うふ。友達の特権だ。友達じゃなかったら、きっとどれもしてもらえなかった。ただの友達だったからこそ、私は、いま。
そう思ったら、なぜだかまた無性に泣けてきてしまった。なんだろ、嬉し泣きかな。
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