に野球拳
お鍋をおなかいっぱい食べ、湯船にも浸かってコタツに戻って。身体が芯からあったまって、頭がぼうっとして、ほんのり眠たくなってきて。
「やばい今すぐアイス食べたい」
そういう至福のときに唐突に訪れる、『やばい今すぐアイス食べたい』欲。欲求に従うがまま呟くと、ケンが思い出すように目を上に向けた。
「あー……ねえわ。買っときゃよかったな」
「おーもち、もちもちゆきみだいふく……」
「片栗粉しかねえ。ミカンで我慢しろ」
木の机にべたりと顔を押し付けていれば、剥いたミカンの一粒を口に押し込まれる。おいしいよ、おいしいけど。違うんだ、もう私の口は、というか胃はもったり甘いものを求めてる。こういうフレッシュな甘みではない。唸りながらもごもご咀嚼して、私は飲み込んでから頭を上げた。
「決めた、買いに行ってくる」
「は? 今から買いにでんの?」
「うん」
「……いや今何時だと思ってんだ。外バカ寒いぞ」
時刻は日付が超える直前だ。夕飯時から蓄えた暖は一瞬で全てとられてしまうだろう。でも今すぐ行かなきゃいけないのだ。なぜなら雪見が私を呼んでいるから。
「ほら見ろこの結露。今日はもう大人しく諦めて、昼間にしとけ。な?」
「絶対にいやだ」
手早く服を着替えてコートを羽織り、タータンチェック柄をしたグレーのマフラーを手に取る。そうして外出の支度を着々と進めていれば、不意にケンが重たい溜め息を吐いた。
「ったく、わぁったよ」
ケンは渋々といったように立ち上がった。「は〜やれやれ」とやたら大儀そうに腰をトントン叩いている。あ? 急になんだコイツ。
ケンは外していた顔布をつけ直したかと思ったら、私が手にしていたマフラーを流れるように奪うと、自身の首に巻いた。いや寝巻きに女物のマフラー似合わな……。先程からの挙動不審さに、私もとうとう顔を顰める。
「ちょっと、返してよ」
「俺が買ってきてやる」
「えっほんと⁈ いいの⁈」
「おー。ただし、条件がある」
ケンは悪どく目を細め、顔の前でピンと人差し指を立てた。
「俺にジャンケンで勝てたら、だ。そうしたら買ってきてやるよ」
「……いやいいよ、じゃあ」
この男が大好きな脱衣野球拳。野球拳大好きの恋人となった宿命として、しょうがなくだが、何回かやったことがある。しかし私が弱いのか、この男が異様に強いのか。私は彼とのジャンケンに一度も勝ったことがなかった。もう脱衣の有無関係なしに。なにかズルでもしてるんじゃないかと一度問い詰めたら、「顔に出てんだよ」と言われた。でててたまるか。なんだ、パーの顔してるって言いたいのか? 悪口か? やるか?? と喧嘩に発展しかけたのは、今ではいい思い出だ。うそだ。今でもこっそり根に持ってる。パーの頭ってなん(省略)
とにかく、負けると分かりきっている勝負にわざわざ挑戦するなんて、不毛もいいところである。やだ珍しく分かりやすくやさしいじゃ〜ん⁈ って興奮したけど、一瞬でテンションが下がった。なんだコイツ。
「自分で行くから、ほら、マフラー返して――」
「は〜っ! このぬくっぬくであったか〜い部屋から出て、さっむい中恋人のためにわざわざアイス買いに行くってのに、その恋人ちゃんは健気な俺になぁんもご褒美くれね〜んだ〜⁈」
「や、だから、別にケンは行かなくていいってば。私一人で行って――」
「ええいうるせえやらいでか! アウト、セーフ、よよいのよい!」
「ぎゃーっ⁈ 身体が勝手に野球拳を! くそが!」
お決まりの台詞とともにブチ切れながら、コートを脱ぎ捨てる。ジャンケンって言ったじゃん! ジャンケンって言ったじゃん‼ 催眠使うなんて卑怯者め! この先の展開分かるよもう! いやだ、雪見! 雪見‼
半泣きで腕を振りかぶって、再び手を突きだす。絶望で震える拳を、「はい、負け〜」と大きな手がすっぽりと包んだ。着たばかりの服を脱ぎたくなくて歯噛みしてハゲを睨みつける。
「お前が巻いてるそのマフラーは私のものなのでそれは私の着衣判定なのでは⁈」
「ちがいま〜すだめで〜す。ほれ、はよ脱げ脱げ。今日の敗者には特別にかわい〜パジャマをあげるからな」
あげるもなにもそれさっき脱いだ私のパジャマだし私が完敗すること前提の台詞をやめろ!
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