畏怖ればいいってものじゃない


 私は自分の恋人を世界一かわいいと思っている。
 顔立ちからしてワンコみたいなかわいさがあるし、百年間末っ子してただけあって甘え上手だし。本人にもかわいい自覚あると思う。だって、そういう振る舞いが多いから。
「えー、トオルくんめっちゃかわいい〜!」
「でしょ〜」
 だから私は、付き合って以降ずっと彼に『かわいい』という言葉を送り続けていた。
 ゲーセンでプリを撮って、出来上がったかわいい彼に興奮してはしゃぐ。ふふ、目がクリっとしてる、かわいい。小顔ポーズがこんなに似合う男の子いる? いないね、うちのトオルくん以外に。
「これ一番かわいい、推し」
 内心でなにかに張り合っていると、トオルくんが端から三番目の写真を指す。キリッとかわいいキメ顔を作るトオルくんの肩へ、私がもたれるように頭を寄せている写真だ。分かる推せる。ラブラブ感もでてるしいい。トオルくんが「いいよな、これ」とニヤッとした。
「俺のカノジョって感じするし、超かわいい」
「……え、あっ、そっち? わ、私の話してる?」
「そうだよ」
 当たり前じゃんみたいにケロリと言われるが、でも私はずっとトオルくんの話をしてるものだとばかり。急なデレを真正面から受けてしまい、照れを隠すことができない。少し俯いて熱を持つ頬を抑えていれば、ひょいと覗き込まれる。布の向こうから見える猫のような吊り目が、いたずらっぽく歪んだ。
「んふふ、かーわいーねー」
「……やだ、からかわないでよ」
「からかってないよ、本気だよ」
「もー……」
「……あのー、イチャつくなら二人きりのとこ行ってもらえません?」
「うわっ⁈」
 背後からのうんざりしたような声に飛び上がる。慌てて振り返ると呆れ顔をした――えーとたしか、ゲームセンター荒らしさん? が立っていた。その隣にはフィアスコさんの姿もある。トオルくんの袖を掴みつつ会釈をすれば、「ァッス……」と二人からもぎこちない会釈が返ってきた。
「なんだ、今日シフトだったん?」
「まあ。いやそれより真夜間から公共の場で見せつけるのやめてもらっていい?」
「ごめん、ラブラブで。目に毒だよな」
「るっっっせぇよ。キレそうキレたちょそこ座れボコすから。彼女ちゃんの前で完膚なきまでに叩きのめしてやるから」
「はー? 愛の力で勝ちます。てか負けても慰めてもらうし」
 うんうん、仲がいいんだなぁ。「少し行ってきていい?」と窺ってくる彼に、いいよと小さく手を振って送り出す。私といるときとはまた違った楽しそうな表情だ。かわいい。
「あの、彼女さん。ちょっといいですか?」
 アーケードゲームの前に腰を下ろしたトオルくんをニコニコと見守っていれば、フィアスコさんに声をかけられた。トオルくんを介さず話すのは初めてだなぁと思いつつ、「なんですか?」と愛想良くしておく。
「彼女さんって、やっぱアイツのこと畏怖ってるんですか?」
「……はい? イフッテ……って……?」
「あの、畏怖。畏怖です、畏れ怖がるって書く……」
「あ、ああ、畏怖……え、どういうことですか?」
 漢字がやっと変換できた。あれね、畏れ敬う意の……。けれどフィアスコさんの言っている意味は結局分からないままだ。首を傾げれば、「いや、前にそういう話をしたことがあったんで……」と、なんだか言い訳のようにボソボソ付け足された。別に怒ったわけじゃないんだけど。
「私がトオルくんを畏怖ってるって話をですか?」
「アいや、『彼女にも畏怖されたくない?』みたいなこと言ってたなー、と思って」
「……えっ、トオルくんがですか?」
 そんな話初耳だ。え?……え⁈ なにそれ一回も言われたことないけど⁈ たしかに吸血鬼には畏怖欲なるものが存在すると聞いた事がある。でもそれをトオルくんから求められたことなんて一度もなかったから、個人差があるのかな? と思っていたのに……! そんな、トオルくんが私からの畏怖を欲してたなんて、全然気付かなかった……。じゃ、じゃあ『かわいい』とか、え、論外なのでは。優しいから言わないだけで本当はめちゃくちゃイヤだったりする……? 今更思い至ってしまった可能性に、全身からサアと血の気が引いていく。
「いやっあのっ違ったかも⁈ 一般論として言っただけかも⁈ ごめん、すみません変なこと言いました‼」
 白くなっているであろう私の顔に、フィアスコさんがあわあわと顔の前で手を振っている。が、捲し立てられるその内容は、あまり頭に入ってこなかった。
 ◆
 畏れ敬うってどうすればいいんだろう。畏怖モテ動画をいくつか参考にしてみたが、いまいちよく分からなかった。
「ひっヤダ、怖い!」
「エッ⁈」
 ので、とりあえずビビっておくことにした。畏れ怖がると書いて畏怖だし。怖がっとけば間違いないでしょ。敬う要素が消えたけどしゃーないそういうこともある。
 畏怖ショックからまた別日。おうちデートでちゅーの流れになったが、ここしかないと思い、私はここ数日で練っていた作戦を決行した。
「な、なに、どした?」
 いい雰囲気だったのに突然顔を背けて拒否られたトオルくんは、目に見えて困惑している。ふむ。やっぱりまだこれくらいじゃ喜んでくれないみたいだ。
「牙が、その……こわくなっちゃった……」
「えっ急に⁈ キスするの別に初めてじゃないのに⁈」
「うん、改めてすごい鋭いなって……」
「お、おお、そっか」
 トオルくんがパチパチと瞬きをする。……満更でもない、ような? 「まあ怖いなら……? しょうがないかな……?」声も上擦ってるし、赤い瞳もそわそわ動いている。なるほど、この路線でいいんだ。
「え、えー、じゃああの、ちょっと触ってみる……? そしたら慣れるんじゃない?」
「やだよ、そんな尖った歯、触るのこわい」
「んん! ま、まあそう言わず――」
「いやっ冷たい!」
「エッ⁈」
 軽く触られた手を即座に振り払った。両手を胸の前で握りしめ、彼に少し背を向けて震えてみる。
「さ、さわらないで」
「な、え、え?」
「……やっぱりトオルくんって、本当に人間じゃないんだね」
 この台詞はさすがにわざとらしいかなと思って、すぐに「分かってたけど」と付け足す。
「え、いやまあそれはそうだけど……え、な、なに、マジでどしたんさっきから……」
「別に……その下半身透明っていうのもさ、トオルくんは『ゆうて下半身だけだし』ってよく自虐っぽくいうけど、よく考えたら可笑し、怖いよね。普通の人はどこも透明になんてならないもん……」
「……いや、それは……」
 可笑しいと言いかけてしまったが、気付かなかったのか突っ込まれなかった。安堵も込めてはあと深く息を吐く。
「……やっぱり私なんかじゃ、トオルくんにはつり合わないのかな」
 ……うん、即興にしてはなかなか上手いんじゃないか? 畏怖プレイ。勢いではじめたけど、結構要領が掴めてきた気がする。でもこれ以上やったらメンヘラっぽくなりそうだし、ここらが潮時だろう。トオルくんも満足してくれたかな?
 密かに期待しながら、そろりと顔を彼の方へと向ける。目が合った彼は、なぜかびくりと肩を跳ね上げさせた。
「や……」
「? トオルく――」
「やろうと思えば誰だってできるかもだし⁈」
「え?」
「新横浜ってなんかそういう、能力開花の聖地みたいなとこあるから? あと数百ね、じゃなくて数ヶ月もすれば下半身だけ透明にするのなんてありふれた能力になっちゃうかも⁈ まあその時には俺もレベルアップしてきっと全身透明になってますけどねって違ったそうじゃない、それは置いといて――っあーもう! ていうかいっそなっちゃえば⁈ 吸血鬼!」
「え⁈」
「そうだよ、俺と同じ吸血鬼になっちゃえばそんな、なんか、そんなさ……怖いとかつり合わないとか? そういう妙な不安もなくなるでしょ」
 うんうんそれがいい、とか、兄貴に相談するかー、とか、トオルくんは一人で納得して話を進めている。けど、ちょっと待ってほしい。
「いや吸血鬼って……え、私が?」
「そ。いーじゃん、それが最善。はい解決。てことで怖くない怖くなーい。ね?」
 ね、と言われても。なにも解決してない。だってそもそも、トオルくんは彼女に怖がられたいんじゃないの? 聞いてた話と違う。この反応にこの言い方、なんかまるで、怖がられたくないみたいじゃん。
「ね、だから」
 一人困惑していれば、袖を控えめにクイと摘まれる。へにゃりと眉を垂らしたトオルくんは、こてんと頭を傾けた。
「……も、触っていい?」
 弱々しく掠れた囁きに、たちまち心臓がぎゅんっと三回転くらいする。潤む上目遣いに、呼吸もままならなくなるほどのときめきに襲われた。もう息も絶え絶えで「イイヨ」と答えることしかできない。ああだって、今日も私の彼氏がこんなにかわいい……。
 

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