御伽噺
ノースディンとクラージィ姉の吸血鬼夢主が相互不理解する話
いきなり始まっていきなり終わる
「じゃあなに、私が間違っていたっていうの? 私がおかしかったっていうの? 全部私がいけないの?」
「違う」
消えかけている蝋燭の灯火のように頼りない声で、女が捲し立てます。ノースディンはその瞬間に思ったことを、ただ素直に口にしました。
「間違っていない。きみが間違っていたことなど、一度もない」
「やめろ!」
ノースディンは、クラージィが生きてる生きてないに関わらず、この一件には元より自分のみに全ての非があると信じきっていましたし、女から向けられる憎悪は正当なものであると考えていました。しかし女はひどい金切り声をあげました。歯を剥き出しにして、手負いの獣のように激しくノースディンを睨みつけます。
「やめろやめろやめろ! 嘘を吐くなこの偽善者! 気持ち悪いんだよクソ野郎! 私が、復讐が、憎しみが正しかったことなんて一度もない! そのくらい分かるだろうが? 分かるよ、私だって分かるんだよ、そのくらい! 自分が間違えてばかりの、最初から全てを間違えていた人生だって分かってる! “正解”になれたことなんて生まれてから一度もない! そんなの私が一番よく分かってる! 私が間違ってないわけがないんだ。適当な慰めを口にして愚か者を御するのは楽しいか? ありもしない憎悪に振り回された人間の末路は面白いか? 退屈はしのげたか? ああさぞ楽しかったんだろうな悪魔様! 羨ましいよ私はもう、ほんとのことを知ってからもうずっとずっとずっと朝も夜も寝てる時も起きてる時も苦しくて苦しくて苦しくて死にたくて死にたくて死にたくて死にたくて死にたくて死にたくて死にたくて堪らないのに! お前はきっとそんなこと思ったこともないんだろうな! ああ本当に羨ましい羨ましいわけあるボケ死ねくそ殺す、どうして私だけがこんなにおかしくなっているの、なんで私が、私がなにをしたっていうの、なんで私はあああああああ殺してやりたいお前も私もさっさと死ねばいいのに!!」
女は口の端を高く吊り上げて、出来の悪い笑顔のようなものを浮かべていました。楽しいからではありません。自分が惨めで仕方なかったから、もう笑うしかありませんでした。
女は、本当は分かっていました。
氷の悪魔と呼ばれるこの男が、実際は冷徹な恐ろしい悪魔などではなく、こんな愚かな茶番劇にさえ真摯に付き合う生真面目で誠実な男であることを知っていました。
だからノースディンの言葉が慰めなどではないことも、紛うことなき本心からの言葉だろうと、正しく理解していました。
それを分かっていて、女は、血を吐く思いをしながら、自分もたっぷり傷つけながら、少しでもこの男の心に刺さればいいと思って、自分でも訳が分からなくなりながら言葉を吐き散らしました、できるかぎり深く傷つけてやりたいと思っていました。そんなことをしようとしている自分が、ますますいやでした。
「……それでも、きみの怒りは正しかった」
女の荒い呼吸が鎮まった頃、ノースディンが静かに話しだします。その真冬の大理石のように冷たく無機質な、微塵の揺らぎもない声に、女は、ノースディンが自分の目論見どおり、もしくはそれ以上に深く深く傷付いたことを知りました。ばかなひと。こんな身勝手な言葉に、あなたが傷付く必要はないのに。女は自分ではない誰かがやった所業のように、そんな他人事な感想を抱きます。
「弟を一途に思ったきみの真っ直ぐな愛は、決して間違えなどではなかったと、私は心の底から信じている」
女はゆっくりと数度瞬きをして、軽く息をつきました。そうしてまた、緩やかに笑いました。
「生まれてくるんじゃなかった」
楽しかったり嬉しかったりしたからではなく、やっぱり惨めでしょうがなかったから、笑いました。
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