はじめてのチュウ!
最近忙しくて、観に行く機会を逸しての。
なんて言って、レンタルしたDVDを持って彼女の家に押しかける。手土産のドーナツを持ち上げて見せつければ、彼女は「ヒヨシが流行りものを見逃すなんて珍しいね」ところころ笑って、簡単に俺を家へと招いた。
映画の内容は、パッケージと煽り文句だけで完璧に予想できた。裏面の長ったらしいあらすじすら読む必要はない。というかそもそも恋愛映画に興味はなかった。これは、好きな女とどうにかともに過ごしたいがために意気地無しのヘタレ男がなんとか考え出したただの口実だった。下手したらこの映画よりも芸がない作戦だ。
意外に思うシーンが一つとしてない逆に意外な映像がつらつらと流れていき、やがてやって来たのは、前半のつまらなさを取り戻そうかとするかのような些か過激な濡れ場シーンだった。しかしそれでも性急に過ぎた展開はストーリー性に欠けていて、ひどく陳腐で退屈なものだ。欠伸を噛み殺しつつ何気なく隣を見れば、目が合った。液晶の明かりだけの薄暗い部屋。戦闘中でもないのに大きく開いた瞳孔のせいで、初めて見る『女』の表情はやけに鮮明に見えてしまう。向けられた羞恥と期待で揺れる瞳に腹の底から込み上げた興奮が押し殺せず、喉がこくりと上下する。急激に血が回ってきた感覚のせいで、頭が逆上せた時のようにくらくらした。ぽってりとした艶やかな唇に視線が釘付けにされる。理性がもう見てはいけないと警告しているのに、少しも動かせなくて、催眠でもかけられたみたいだと思った。不意に体が自然と動く。まるでこうするべきと誰かに指示されているみたいに、顔が彼女のほうへと引き寄せられ――。
「……キス、はじめてした」
「……そうか」
下手くそな水音の余韻が消えてから、頬を桃色にした彼女がやっとぽつりと落とした呟きが、画面向こうの男女の喘ぎ声に紛れる。気恥しげに零された告白に対して俺が抱いた感想は『だろうな』という至ってシンプルなものだった。だってこいつに男性経験ないことなど、当たり前に知っている。彼女へ男の影が忍び寄るたびそれを揉み消していたのは、他でもないこの俺なのだから。
「あ、で、でも、ヒヨシは違うよね!」
何言ってるんだろう私、と手で顔を仰ぎながら態とらしいほど明るく続けた彼女の顔は、可哀想になるほど真っ赤だった。今にも泣くんじゃないかと思ってしまうほどで。俺は返す言葉をなくして押し黙ってしまった。
本当に好きな相手との口付けは、俺もはじめてだった。ほんの数秒触れ合っただけの児戯のような拙いものだったのに、これまでした中で一番幸せで、一番気持ちがいいキスだった。
でもそう感じたのはきっと俺一人だ。戸惑いがちに桜色の指先で唇をなぞっている彼女を見ながら、後悔で体温が冷えていくのを感じる。
――ああ、穢してしまった。
そんなつもりはないのだろうが、しかし後悔に染まる視界には、彼女の仕草は、まるで汚れでも拭っているようなもののように映ってしまった。無性に責められている気がしてしまい、心臓が茨で何重にも縛られたかのようにじくじく痛む。違う。こんなつもりじゃなかったんだ、本当に。大事にする、したかった――つもりなのに。
今更そんな懺悔を並べたとて、言い訳にしかならない。悲しいことに、それは自分が一番分かっていた。
「――あのな、ファーストキスっちゅうのはな」
胸の苦しさを無視して無理やり笑う。室内が薄暗くてよかった。これなら多少下手くそな笑みだとしても、気付かれることはないだろうから。
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