踊る阿呆に、
「ッ、煙草吸ってきます!!」
そう口にするなり、ロナルドさんは稲妻みたいに走って消えた。部屋に残されたのは、キス待ち顔をした半目の間抜けな女ひとりだ。
ロナルドさんと交際を始めて半年が経とうとしている。「さ、三ヶ月経ったのでそろそろき、き、キッ……ッとか!! アいやあのもちろんもしお嫌でなければなんですけアッまだ早いとかなら全然その待」との奥ゆかしい提案により始まったのが、このキス直前煙草休憩タイムである。この儀式は、初めての提案日以降途切れず、必ず行われているわけであった。
ベランダで煙を燻らせるロナルドさんの背中を眺め、そっとため息を吐く。ああ、今日もできなかった。今日『も』ということは、つまり『ずっとできていない』ということだ。煙草休憩から帰ってきたロナルドさんは、きっと真っ青な顔で何故か目を充血させながら、「すみません、今日、あの……」と遠回しなキスの延期を望むのだろう。いつものように。最近なんて私はもう煙草が憎らしく感じてきてしまって、煙草のマークを見る度に親の仇のごとく睨めつけるようになってしまった。煙草ってそんなに美味しいの? キスの直前に突然我慢できなくなるほどに?
とはいえ私も私で、受け身なのが良くない。おいおい煙草よりもっと吸うもんあるやろがーい(ドッ)みたいな小粋なジョークで場を沸かせられたら良かったのだが、如何せん、お笑いにはいまいち明るくない。これではいかんと最近やっと勉強を始めはした。……したけれど。
初めての提案時、私は半泣きで喜び、そして未遂でその日を終えた夜には果てしなく落ち込んだ。しかしロナルドさんは押しに弱く、そして気遣う人だ。友人に言われて仕方なく提案してみた、なんてパターンも十二分に有り得たし、私の大袈裟な反応のせいで引くに引けなくなっている可能性もかなり高い。よくよく考えてみると、煙草を吸う頻度も異常に上がっている。だってキスの提案がなされる前は、こんなに――どころか、滅多に吸っていなかったように思う。……えっもしかして私とのキスが実は本気で嫌だったりするのでは。嫌すぎて毎度煙草に逃げてるのでは?!
え、えっ? じゃあ円滑に進めるべくお笑いの勉強まで始めた私、自己本位過ぎない? 嫌がっているかもしれない相手へエゴを押し付けて、こんなのとても――。
「独り善がり……」
自己嫌悪に沈む中で、ふとそんな言葉が頭を過りハッとする。そうだ、お笑いの本にも書いてあった。“独り善がりになってはいけない、お笑いとは対話である”と。今の自分は、その教えを守れていないのではなかろうか。対話、してない!
気付いてしまったら、いてもたってもいられなくなった。私は硝子の先で煙を纏う恋人の元へと、よろよろと足を進める。話をしたい。彼の真意を、知りたかった。
>>back
>>HOME