キスマーク


 聞こえてきた態とらしい空咳に、空回ルドくんの気配を感じたので一旦無視してみる。十分も経てば、ロナルドは事務所の床に四つん這いになっていた。咳払いのしすぎで涙目になるほど嘔吐いている。なんでそんなになるまで諦めなかったの? 声かければよかったじゃん。彼はコヒューコヒューと呼吸をなんとか整えていたが、私が見ていることに気が付くと、すぐさま嬉しそうに顔を輝かせてキリッとキメ顔を作った。もう遅いよ。その顔のまま「当てて」と言われたので、無視してた負い目があった私は、素直に目を眇めて彼が織り成す珍妙な動きもといジェスチャーを読み取っていく。
「……きす? 模様、あ、マーク?……キスマーク?」
「はい」
「が、なに?」
「付けてください」
「なんでだよ」
 逆だろ。
「や、や、俺ももちろんできたら付けさせてくれたら嬉しいな〜付けたいな〜ってすっげえ思ってる! こう、しょ、所有印みたいなもんだし、キ、……ッ……吸引性皮下出血って」
「キスマークくらいスッと言え」
 ていうかなにそれ、あれって内出血じゃないの? 思わず零すと、得意げな顔で事細かにキスマークと内出血の違いを語られる。いやめちゃくちゃ調べてるじゃん。尚更しっかりしろ。
「いや、あの、とにかくさ。自分で付けるより、俺ってキミのなんだって実感できるほうが嬉しいというか」
「……そんなの私も一緒なんですけど」
 あの超絶奥手なロナルドくんが付けてくれるのかと思って一瞬嬉しかったのに。私の言葉を聞いた彼の顔が一気に茹で上がり、目が大きく見開かれて青い虹彩の輪郭が顕になる。瞳孔がきゅうと大きく拡がっていた。
「へ、あ、エ? お、おれに付けられるのやじゃないの?」
「やじゃないよ」
「んええぇぇえ……」
 イケメンが真夏のアイスクリームのように溶けていく。その姿に、『正直ロナルドに付けるほうが恥ずかしい、だって退治のためとはいえ裸になることに躊躇がないからドラルクや退治人仲間や吸対その他諸々に秒でバレそうなんだもん』という本音は隠しておこうと思った。

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