最果てまでの途中下車


「だからさあ!」

 ループ五十三周目。

「私はグノーシアじゃないって言ってんじゃん!」
「君を信じる理由なんて、僕には何一つないンだけど?」

 議論は随一の白熱を見せていた。

「なんでだよ信じろや初っ端で白出ししたろ! じゃあなに、ラキオはジョナスを信じてるってこと?」
「四日目の今日に至るまで一度もグノーシア判定を出していない君と、二日目でシピをグノーシアと判定しているジョナス。単なる情報密度の高さで比較してるだけだ。信じるだとか稚拙な言い方はやめてほしいものだね。理解力が凡庸に過ぎるとそこの説明から始めなくちゃいけないのか。僕は乳児の指南役になった覚えはないンだけど?」
 
 こんにゃろう。
 私の激しい睨みにも、ラキオは何処吹く風である。彼はやれやれと頭を振った。芝居がかった仕草にまたさらにイラッとする。

「僕の信頼を得たいというなら、せめてもう少し知性のある振る舞いを身に付けてほしいものだね」
「どなた様のせいでこんなになってるとお思いですの?!」
「醜態を晒している自覚はあるようでなによりだよ」

 私は、日頃のループでは夜間の学習時間をあまり積極的には設けていない。だが、今回ばかりは賢さが光っていた。久々――というか二回目の“エンジニア”という役職設定が効いている気がする。責任の重大さが頭を冴えさせるのかもしれない。正しくそういった理由で忌避してきた役職だったけれど、こんな効能があるのなら今後のループからはもっと色々試してみようかな。なんて、もう既に次回のループにも前向きになれているくらい、今の私は上機嫌だった。

「そんなにジョナスが嘘をついているってンなら、その論理的根拠を提示してみなよ」

 ……そして、そんな私に水を差してくるのが、ラキオだった。もうコイツこそが今回のループ最大の敵かもしれない。乗員で確定なのに。私たち、味方同士のはずなのに。むしゃくしゃした気持ちで「状況証拠があるでしょ!」と言い返す。

「対抗エンジニアの一人が消失。ということはその乗員はAC主義者で、ジョナスは自動的にグノーシア!」
「そんなガバガバの理屈で僕を説得できると本気で思ってるンだ? はっ、片腹痛いね。僕からすれば、君がグノーシアないしAC主義者、またはバグである確率の方がよっぽど高いンだけど?」
「はあ?! いや、こんだけやってんだしバグはさすがにどこかで冷凍睡眠できてるでしょ……ていうかあのさ、今日まででもう――今日は四日目だから、三回? 三回はエンジニア報告でてるよね。その中で一回も私以外のエンジニアの嘘に気付けなかったんですか?」
「確率的には怪しいが、現状の主張に破綻はない。よって嘘と断定できる材料はない」

 設定は役職全部盛りの十二人、グノーシアは三人。私はエンジニアで、対抗はジョナスとジナが名乗り出ている。ジナはグノーシアに襲われて消えていた。襲われたということはAC主義者。つまりジョナスがグノーシアで確定だ。我ながら非の打ち所のない完璧な論法。負け続きだったところで降って湧いたこの閃きには、自身の成長ぶりに感動して涙が出た。

 だというのに、寄りにもよってラキオが立ちはだかっている。もうただ私が嫌いなだけだろってくらい、全然信用してくれない。ラキオのくせにロジックなしの感情人狼するのやめてほしい。

「あーあ! そんなに騙されやすくって、これじゃあこの騒動を切り抜けられても、このさきの人生を生きていくのは厳しいだろうね」
「排除を確実にしておくべき脅威を、『どこかで消えただろう』なんて楽観思想でやり過ごそうとする日和見主義者に、僕の今後の展望をとやかく言われる筋合いはないね。それに勘とかいう論拠の薄い単なる思い込みを振り翳すのって、仮にも知的生命体としてどうなの? プライドとかない訳? ああ失礼、ある訳がなかったね。聞くまでもないことだった」
「いま、この場で、いっちばん思い込みが激しいのは、私を敵と決めつけて意見を聞き入れようとしないお前だよ、お、ま、え!」
「はは、まあ落ち着けよ、二人とも。喋りすぎだぜ。目立つとロクなことねーだろ?」

 シピから窘められ、私はハッと周囲を見回した。皆からの視線はあまりよろしくない。どうやら、ムキになったせいで目立ちすぎたようだ。乗員たちから集まる眼差しに、頭へ昇っていた血が少しずつ引いて冷静さが戻ってくる。
 私同様、ラキオも喋りすぎたと思ったらしい。彼は不満げにそっぽを向いて黙り込んだ。いや不満なのはこっちなんですけど。

 だってこの汎、私の言い分を信じず、あまつさえ今日の議論では私を吊ろうとしているのだ。敵が身内にいる。私が躍起になってしまったのは、これが主な理由だった。無実で凍るのが嫌だというよりも――ラキオはすでに乗員であることが明確な分、味方になってもらえないことが尚更歯痒かったのだ。


 結果的に、今日の冷凍睡眠はククルシカとなった。私とラキオの反対で、主張が少なすぎたために疑惑が集中してしまったらしい。彼女もグノーシアではないのに。
 私には目もくれずメインコンソールからさっさと退出するラキオを横目に、投票結果を表示させる。ラキオの投票先は、当たり前のように私の名を表示していた。私は本物のエンジニアなのに! 先日とはまた違う意味で涙が出そうになってくる。

「どうしたら……」

 疲れきった溜息に情けない本音が混ざる。

 先程は売り言葉に買い言葉の勢いで『ラキオはジョナスを信じているのか』なんてふっかけた。だがラキオはきっと、ジョナスをエンジニアとして信用しているわけではない。ラキオはただ、全員を平等に疑っているのだ。情報を精査し、判断している。その裁量は極めて合理的で公平であり――。

「どうしたら信じてもらえるんだろう」

 ――それはつまり、私のエンジニアとしての精度の低さを意味していた。

 実際のところ、私はまだ一人もグノーシアを発見できていない。対抗なんて調査するまでもないと他の乗員の調査を優先したが、それはあくまで私目線の話で、ラキオ達からすれば当てずっぽうにしか見えないというのも冷静になった今なら頷ける。膨らんでいた根拠の無い自信は、今や木っ端微塵に砕け散っていた。すっかり消沈して丸まった私の背中をシピが気さくに叩き、首元の黒猫が慰めるように鳴いてくれる。
 シピは、初日の夜にジナが怪しいと教えてくれ、さらには翌日の議論では私に協力を申し込んでくれた。それ以降は、手を組んで支え合って――いや、支えてもらっている、といったほうが正確かもしれない。今日だって私の暴走を止めてくれた。助けられてばかりだ。

「シピが味方になってくれて、本当によかった」
「はは」

 薄く笑ったシピが目を伏せる。対して首元の猫の眼は逸らされない。こちらを凝視する眼――その瞳孔は、じわりと大きく拡がっていた。

「ま、俺はお前を信じてるからな」
「……え」
「ん? どうかしたか?」
「あ、ううん。なんでもない。ありがとう、シピ」
「おう。協力してるんだ、お互い助け合っていこうぜ。じゃ、俺はククルシカのコールドスリープを見送ってくるよ。また明日、な」
「……うん。また、明日」

 そうしてシピを見送れば、メインコンソールには私一人となった。部屋に戻る気にはどうしてもなれず、仕方なく船内をふらふらと当て所なく進む。足取りはひどく重たい。一歩ごとに、泥沼の中へ深く沈んでいく気分だった。とうとう立ち止まり、私は自身の爪先をひた見つめた。


 ――カツンと高い音が鼓膜を叩く。ヒールの音だ。曲がり角から、こちらへ向かってきている。音の主のせっかちさを訴える反響に、私は弾かれたように顔を上げた。

 ラキオだ。
 立ち竦む私に、ラキオは片眉を持ち上げた。意外な反応だ。さっきの今――口喧嘩しまくっていた直後なのだから、もっとあからさまに嫌そうな顔をしても、彼の性格上おかしくはなさそうなものだ。
 疑問に思っている内にラキオはまた床を蹴るように歩き出した。大股でこちらへ向かって、そのまま私の傍らを素通りしていく。
 
「――は?」

 私の手を引いて。
 予想だにしていなかったことに驚嘆して、反射で抵抗する。しかしこれが存外、力強かった。ペンすら持ったことがなさそうな、骨と皮ばかりの細腕なのに。彼の冬めいた体温を移されながら、そんな失礼な考えがぼんやり浮かぶ。無闇に話しかければ舌を噛んでしまいそうな速度の歩みに、私は抵抗を諦めた。引かれるがままに足を動かす。こんなヒールで早歩きして、よくもまあ転ばないものだ、とも、また思った。

 エレベーターまで辿り着いて、ラキオは放るようにしてやっと私を解放した。雑な扱いだ。投げ出された私はたたらを踏んで、ガラス張りの壁に背を付け、ラキオを睨めつける。

「どういうつもり?」

 目的階のボタンを押すラキオに、私は尋ねた。転ばずともしっかり息は切れるらしい。ラキオはひとしきり呼吸を整えてから、瞳だけで私を見た。値踏みをするような眼差しだった。
 
「なにか、話があるの?」
「……」
「……私はある。ラキオに伝えなきゃいけないことが」

 無言のまま続きを促され、息を吸う。

「シピは嘘をついている」
「……またお得意の“勘”ってやつかい?」
「違う」

 挑発的に光る碧眼と目を合わせ続けることができず、私は目線を外して続けた。

「猫が瞬きをしなかったから」
「……なんだって?」
「猫は愛情や信頼を示す時、ゆっくり瞬きをしてくれる。でもさっきシピに『信頼してる』と告げられた時……首元の猫は、瞬きをしなかった」

 それどころか、あの黒猫は、獲物を狙うかのような目つきをしていた。

「で、それがなに?」

 ラキオの質問に、私はしばし閉口した。

 あの猫はシピそのもので、一心同体だ。
 ……しかし例え今回のシピがどんな存在であろうと、ラキオにそれを伝えることはできない。プライバシーの問題だ。

「だから、それが嘘をついてると思った根拠。……あとは、シピ本人とは目が合わないし、それからえーっと、あとはなんか、あの……声も低い気がしたし……」
「大した洞察力だ」

 信憑性を少しでも高めるため、自身の考えを補足した。ラキオは小馬鹿にしたように皮肉ってくる。

「ま、及第点としてあげようか」
「ほ、ほんとっ? よかった……!」

 正直、猫以外の違和感は覚えなかったのでこれ以上は手詰まりだった。ラキオが壁に背を凭れ、身体ごとこちらに向き直る。どうやら話を聞いてくれるようだ。どういう風の吹き回しだろう。暇なのかな。なんであれ、頼もしいことに変わりはない。私は彼の気が変わらないうちに、と自身の考えを喋りだした。
 
「ジョナスは、二日目の朝にシピをグノーシアと言った。でもその発言は、これは……直感的に分かったことになるけど、とにかく明らかに嘘だった」
「ハイハイ直感、チョッカンね」
「『シピはグノーシア』――これが嘘なら、シピはきっと人間。それにグノーシアが身内にグノーシア判定をだすなんて有り得ないはず」

 ジョナスならやりかねないけど、と一瞬思ったが、話が拗れるので心の中に留めた。一拍置いて、ラキオの目をしっかり見て結論を述べる。

「つまりシピは絶対に人間。だけど私に嘘をついた……つまりシピは――AC主義者か、バグ」
「不正解だよ」
「……えっ」
「得意げな顔でよくも長々垂れたものだね。ま、なんにせよシピが嘘をついてるって言うのは信じてあげるよ。この戦況でエンジニアのどちらかに投票しないのは、人類の敵でしかない。ほら見なよ」

 ラキオが投影させた投票結果を覗き込んで息を呑む。私とククルシカはジョナスへ。ラキオは私に。そして今日冷凍睡眠したククルシカへは、オトメとジョナスと――。

「シピ」

 声が掠れ、囁きとなる。そんな私にラキオは肩を竦めた。

「僕が君の直感とやらを信じるとでも? 冗談だろう。この結果があるからこそ、君の話を聞いてあげてもいいかなと思ったンだよ」

 ラキオのことで頭がいっぱいで、他の人の投票先にまで気が回っていなかった。今更気付いた事実にショックで呆然とする私を無視して、ラキオは続けた。

「この結果から推察するに、オトメもグノーシアである可能性が高いね」
「た、たし、かに……、……えっ、でもジョナスとシピとオトメがグノーシア? それじゃククルシカをコールドスリープした時点で過半数を超えることになるけど……」
「なんだ、案外賢いじゃない。一桁の足し引き程度はできるみたいで安心したよ。そう、それだと過半数を超える。つまりジョナスはグノーシアではなく、AC主義者ということさ」
「……ええ?」
「グノーシアがグノーシアへ黒判定を出すことは有り得ない。そう言ったのは誰だっけ?」

 私だけども。

「まあ有り得ないと断じるのも、かなり浅はかだけどね。確率が限りなく低いってだけだし」

 じゃあいいだろケチつけんなうるせえなマジでコイツ。でも私は大人なので、ぐっと文句を呑み込み、話を進めることにした。今は無駄な口論をするよりも、ラキオの考えを聞いておきたかった。

「……ジョナスがグノーシア、シピがAC主義者じゃないの?」
「は、崇拝するグノーシア様の肉壁にもならない潜伏AC主義者? いよいよもって存在価値が分からなくなるね!」
「ぐ……じゃあバグ! シピがバグでジョナスはグノーシア!」
「たしかにその可能性もゼロとはいえない。だがシピよりも、ジナがバグである確率の方が高い」
「ええ? ジナはAC主義者でしょ。だってグノーシアに襲われたんだし――」
「あははっ、それって自白? ジナがグノーシアに襲われたことを知ってるのは、グノーシアだけだと思うけど?」
「なっ……!」

 ここまでの会話でこの煽りが本心じゃないのは明白だ。ラキオはもはや私を敵と疑ってはいない。しかしそうと分かっていても、どうしても唇が尖ってしまう。この期に及んで……と怒りや悲しみが渦巻いて、上手く言葉にならない。なんならちょっと本格的に凹んできた。

「まだ私を信じてくれてないの?」

 啖呵を切ってやるつもりで絞り出したはずなのに、思っていた以上に頼りないものになった。細い声に自分でも動揺したせいか、意図せず眉尻がますます下がっていくのを感じる。ラキオは少し驚いたような顔でぱちりと瞬きをして、ふいと顔を背けた。

「まったく、やりづらいな……」
「なにそれ、どういう意味――」
「いいかい? ジナの消失が確認されたのは、三日目の朝だ」
「え?」
「そして君もジョナスも、前日夜にジナを調べている。結果は人間。さて、ここで一つ問題をだそうか。今回のような場合、ジナは確実に人間だと言えるかな?」
「……い……言え、る、でしょ……」
「またしても不正解だ」

 私の回答をラキオが切って捨てたところで目的階に辿り着き、エレベーターの扉が開く。私は迷いなく歩くラキオを、「でも!」と言い募りながら慌てて追い掛けた。

「その日の犠牲者はジナ一人だけだった! エンジニア調査でバグが、加えてグノーシアによる被害でもう一人。累計二人の犠牲者がでるのが普通――」
「“普通”?」
「あ、いや……その、一番ありそうな感じ、というか」

 これまでもそうだったし、とは流石に言えない。曖昧に誤魔化せば、ラキオは案の定、短く鼻で笑った。それから立ち止まってくるりとこちらを振り返る。彼は笑みを消しさって、真顔で指を立てた。

「可能性A。ジナはAC主義者で、ただグノーシアに襲撃されただけ」

 淡々とした説明とともに、また一本指が持ち上がる。

「可能性B。ジナはバグで、エンジニアの調査によって消失。グノーシアはジナ以外を襲撃したが、守護天使により襲撃は失敗し、犠牲者はジナ一人。可能性C。ジナはバグで、エンジニアの調査によって消失。グノーシアもジナを襲撃したが、ジナはバグだったので襲撃自体は失敗。しかし結果的に犠牲者はジナ一人」

 簡潔で明瞭。言葉選びにも配慮を感じる。大変分かりやすい。……けれど情報量のせいだろうか、目が回って頭がパンクしそうだった。そうやって必死で咀嚼している最中なのに「そして最後に」とさらに続くので、まだ喋るのかコイツとギョッとする。

「可能性Dだが――守護天使が誰かしらを守り、そしてグノーシアはバグを襲撃した。しかしバグはグノーシアの襲撃に合わない。結果、犠牲者はゼロ。ゆえに犠牲者が一人以上存在している時点で、これは有り得ない。この可能性は矛盾の否定として挙げておく」
「……え、じゃあ最後の説明要らなくない?」
「ルールに基づいた必然的な否定だよ。こうして閉じなきゃ、君のように茫漠不徹な主張になるからね」

 しっかり嫌味を言ってから、ラキオはふうと疲れたように息を一つ落とした。少々喋り疲れたようで、頬をぐにぐに揉み解している。「分かった?」頬に指を添えたまま、ラキオは小首を傾げて言った。

「論理的証明とはこうやるのさ。演繹と仮説検証を基盤にし、最も矛盾の少ない論理の鎖を選ぶ」
「……あの……いや、何を言ってるんですか? グリーゼ語で喋るのやめてください」
「……」

 憐れみを湛えた眼差しを注がれる。至極真っ当な主張をしたはずなのに。付き合ってられないとばかりに、ラキオは再び歩き出す。私も隣に並ぶ。

「だけどジナがバグの可能性が一番高いかもってことは、なんとなく分かりました!」
「本当かい? 怪しいものだね」

 いつもの調子でせせら笑ってから話し続けた。

「ジナがバグであること、そして君が本物のエンジニアであることを前提に仮説を立てていくとしようか。まずジョナスはまがいもので確定だ。次に君の調査結果から、僕とククルシカの潔白が確定する。そしてこの場合のドクターの真贋だが……」

 考え込むように自身の顎に触れたラキオの瞳が、私を置いて思考の中へふと沈んでいく。

「ステラが本物のドクターであった場合、彼女は二回のドクター報告でしげみち、コメットの両名へグノーシア診断をだしている。ステラ目線ではAC主義者とグノーシア、それぞれ残り一。そしてそれはエンジニアを騙るジョナスか、未判定のシピ、オトメのどちらかに紛れ込んでいる」
「……で、嘘をついていたシピが最後の敵」
「次にコメットが本物のドクターならば、ステラはAC主義者ないしグノーシア。しげみちはただの人間。コメットの存在が提供した情報の中で確定している事実は、嘘つきは残り三人ということのみ」

 ラキオが念押しするように流し目を送ってくるので、一つ頷く。まだギリ、ついていけてる。ここまでは理解できる。私は勇んで答えた。

「グノーシア及びAC主義者は、ジョナスに加えて、残り乗員の中からさらに二人――ってことだよね!」

 で、それが未判定のシピとオトメの中にいるから――あれっ。

「……もしかして詰んでる?」
「ま、もしも二日目に冷凍されたコメットがグノーシアであったなら、グノーシア側としてはドクターの真贋を曖昧にしておきたいはずだろうね」
「えーっと、つまり……」
「昨日の時点でグノーシアによる消失を免れているステラはグノーシアであり、コメットが本物のドクターといえる可能性が高い」
「詰んでるじゃん!!」
「煩いな」

 うるさくもなる。悠長に推理を聞いてる場合じゃなくなった。これではもう負け確だ。
 声を荒らげる私に対し、ラキオがなぜか他人事のような素振りなのも尚更焦燥感を掻き立てる。もしや状況を分かってないのか? こんなに自分で懇切丁寧に解説しておいて? それってもう一周まわって頭悪いのでは。

「この数分で足し引きすらできなくなったの? グノーシアが正体を表して勝利が確定するのは人間と同数以上になったら、だ。僕と君、そしてAC主義者とはいえジョナスも人間。三対二だ、まだ詰みじゃない」
「そ、う、だけど……いやそうだけどさあ……! でも今日の夜には私は消されるだろうし、どの道……!」
「は、ここまで気配を殺して潜伏してきた臆病者な彼らが、僕が守護天使である可能性を危惧していないとは考え難いね。よって今夜の空間転移で消されるのは僕だ。そして翌日朝、為す術もなく蹂躙される哀れなモルモットには君が選ばれる。ご愁傷さま!」
「……ラキオは守護天使なの?」
「違うけど」
「ねえこの会話めっちゃ不毛だよ……!」

 なんで自分が消されることをそんな嬉々として語れるのだろう。怖い。頭良すぎる人って皆こうなのだろうか。いずれループを抜けたとしても、グリーゼには絶対に近付かないでおこう。
 静かにそう心に決める。それから、ちょっとラキオを睨んだ。

「……あーあ、ラキオがもっと早くから私を信じてくれてたらなあ!」
「怪しまれて当然だろう? 情報の少ない位置から削るのは定石だ。ああまったく、ジョナスには期待していたというのに」
「ジョナスに? 期待?? していた??? ジョナス敵確した今になってもそんなこと言うってどういう神経してるの?」
「君、自身がグノーシアを一匹も特定できなかったエンジニアだって自覚はあるかい?」
「正論やめて。ラキオの正論って痛いからきらい」
「……船の命運を握る本物のエンジニアの知能がこれなんだから、この悲惨な結末も言うに及ばずだね」

 私の開き直りを、ラキオは呆れ返ったような口振りで軽くいなした。その顔つきは余裕綽々で、これから消えるかもしれない人間の態度にはとても見えなかった。

「……私が消えようがラキオが消されようが、とにかく結局詰みなのには変わりないよね」
「執拗いな、だからこうして脱出ポッドまで――」
『システム異常発――、警告、警コ――フネの制――』

 ラキオの言葉が、鼓膜を破くような激しいアラートによってかき消される。驚いた私たちが足を止めた瞬間、廊下が血のような赤い明かりで染まり上がった。脳を掻き回す轟音に合わせてライトが明滅し、足場を失ったかのような目眩がする。

「Levi? 一体なにが――」

 困惑したラキオが問い掛けるのと同時に、

「――にゃーあご」

 後方とおくで、猫が鳴いた。
 嗤うように間延びしたそのたったのひと鳴きは、うなじをぞわりと逆立てた。耳横で鳴ったかのような強い拍動が、思考よりも早く私の体を突き動かす。

「は――」

 直感に従ってラキオの背を突き飛ばす。
 ラキオは廊下の先へと簡単によろけた。あんなヒールを日常使いしているのに、と少し意外に思う。案外体幹が弱いのかも? いつも凛と佇んでいるから、今まで少しも気付かなかった。


 伸ばした指の先が、肉の薄い華奢な背中から離れるのがやけにゆっくり、そして鮮明に見えた。
 よろけながらも、ラキオが斜めにこちらを振り返る。
 色彩豊かな瞳が溢れんばかりに広がって、空気を食むように唇が動く。私はそんなラキオの顔を目に焼き付けて、微笑んだ。
 


 文句を言おうとしたのかな。

 向こう側――ラキオが向かう脱出ポッドの先とは完全に隔絶された壁の内側で、一人考える。

 たしかに、ちょっと勢いが強すぎたかも。
 でも許してほしいよね、緊急事態だったし、命の恩人なんだから。

「……いや、まあ、元はと言えば……無能エンジニアしてた私が元凶なんだけど……」

 ラキオの推測通りなら、船の擬知体Leviの端末であるステラは、グノーシア汚染されている。彼女は昨夜コールドスリープしたけれど、きっと今しがたシピとオトメによって起こされたのだろう。議論が終わってからこれまでの時間は、覚醒したステラが船と同期を再開するまでのラグであり、ごく限られた猶予だった。ああ、せっかくラキオが――。

「……ラキオ」

 そう、ラキオは。
 きっと、賢い彼ならば、これが異常事態で、説明なんてしている暇がなく、そして私が悪意を持って行ったことでは無いのは、きっと分かってくれているはずだ。……多分。きっと。あんまり自信がないけれど。
 とにかく私はそう信じて、壁を背にして座り込んだ。とても分厚い壁のようで、ヒールの音はもうこれっぽっちも聞こえない。背から感じる無機質な冷たさは、こちらの体温を奪うようだった。ラキオの雪のようなぬくもりが無性に恋しい。

 ラキオ。ラキオ。
 もう会えない彼の名前を口ずさんで、虚空を仰ぐ。

「私を助けようとしてくれて、ありがとう」

 私にとってこの宇宙は、五十三回目。
 これまでの私は裏切られたり騙されたり、消されたり凍ったりした数の方が圧倒的に多い。

 そんな中で、私と一緒に生き残ろうとしてくれたのは、今回のラキオが初めてだった。

 だから私もラキオを助けたいと思った。
 私の手を引く意外な強さが、とても、とても、嬉しかったから。

「……次こそは有能エンジニア、やるぞお!」

 えいえいおーと決意表明をする。これから死んじゃうのに、へんなの。胸を満たすかつてない爽快感に笑いを落として、私は静かに目蓋を閉ざした。


 猫が鳴いている。
 水を弾く泡の音と、キュルキュルというタイヤの駆動音。

『対象エリアをロック。酸素濃度、低下開始――』

 ああ、とってもいいループだった。
 負けちゃったけど!



《結果を表示します》



 なんて意気揚々と次のループに向かったものの、仲の悪い人欄にはラキオの名が示されていて、私は開始早々落ち込む羽目になる。背中押したのそんなに痛かった?!







「……はは、麗しき自己犠牲ってやつ? 実に高尚だね。……反吐が出るよ」





​───────────────

以下 配役設定

乗員12人、エンジニア、ドクター、グノーシア3人、AC主義者、バグ、守護天使、留守番

・乗員
ラキオ、しげみち

・エンジニア
主人公

・ドクター
コメット

・守護天使
ククルシカ

・留守番
セツ、SQ

・グノーシア
シピ、ステラ、オトメ

・AC主義者
ジョナス

・バグ
ジナ




これでエンジニアやれて負けることあるか?!と思いテストプレイを30回以上した。直感なしでも20勝はした。まあまあ五十三回目だから……まだ赤ちゃんだからね……そういうこともあるよね。ステータスが足りなかったということで!
 

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