春の流星が燃ゆる
耳朶を打つカチカチという金属音は、もはやすっかり聞き慣れてしまったもので。またかと溜息を吐きながら、私は振り向きざまに手を伸ばした。予想通り、ゴツゴツとした分厚い手首がぱしりと収まる。
「アンドロ・M・ジャズ」
眦を決して、威圧するように名前をゆっくり、低く紡ぐ。名前を呼ばれた手の主は、露骨に『やべっ』という顔をして、へらりと軽薄な笑みを浮かべた。
「ど、どーもぉ……」
「どーも。それで? この手に関しての弁明は?」
「……肩を叩こうとしただけだぜ?」
「うそおっしゃい」
騙されないわよと鼻を鳴らして、掴んでいた手を投げるようにして放す。腰に手を当てて睨みつけると、アンドロはがっくりと肩を落とし、降参を表明するように両手を上げた。
「アンタの髪飾りを盗もうとしました。スミマセン」
「ほんと、性懲りもなく……」
アンドロ・M・ジャズ。クラスも師団も違う、本来ならば全く関わりのないはずの男。しかし入学したばかりの頃に食堂で少し話して以来、なぜかずっとこうしてカチカチ絡まれていた。鬱陶しすぎる。
「あーあ。なんでいっつもバレちまうかなぁ。あ、もしかしてそういう家系能力? 感知系?」
「違うわよ。アンタがそんな指輪してるからじゃない。自業自得でしょ」
「え、指輪? それは関係ねえと思うけど……だって音鳴らねえし」
アンドロは心底不思議そうに首を傾げた。うそでしょ、自覚ないんだ。「鳴ってるわよ」助言してやる形になっているのはとても癪だけれど、それよりも呆れが勝ってしまった。私がそう言うと、アンドロはぱちくりと目を瞬かせた。
「は? なにが?」
「だから、指輪。いっつもカチカチ鳴ってる。うるさい」
「…………はあ?! うそだ、ぜってーうそ!」
「こんな嘘ついて、私にどんなメリットがあるっていうのよ」
「だっ、いやでも、っ……えぇ……?」
アンドロは納得いかなげに顎を掴んで、「っかしーなぁ……」と、もにもに自身の頬を揉んだ。妙にかわいこぶって悩んでいる男をしげしげ観察する。コイツ、さっき鳴らないとか言ってたわよね。つまり、普段は鳴ってないってことかしら。ふぅん……。
「……ねえ」
「ん?」
普段の報復じゃないけれど、なんだか少しからかってやりたい気持ちになっていた。素直にこちらを向いたアンドロを、瞳を歪めて見据える。
「あなた、そんなに私に構ってほしいんだ?」
「……へ?」
「だからいつもカチカチ鳴らしてるのよね?」
こうやって、と、顔の横に掲げた五指を煽るようにバラバラ動かす。言葉を重ねるごとに、自分の口角が吊り上がっていくのが分かった。きっと今の私は、さぞ意地の悪い顔になっているに違いない。
アンドロは呆然とした顔のまま、私を真似るように手を上げ、ぎこちなく指を動かす。指に嵌った金属が当たり前に擦れた。アンドロの瞳が、カチといつもの音が鳴らした手の方へと緩慢に動く。――そこまでしてようやっと、アンドロは反応らしい反応をみせた。
「っ〜〜〜?!」
アンドロの顔が、一瞬にしてぼっと真っ赤に染まる。尖った耳の先まで朱色にしたアンドロは、勢いよくその場にしゃがみこんだ。顔を隠すように頭を抱え込んでいる。
アハハ、いい気味! 本当にそういう意図だとはもちろん思っていない。でもこの手のからかいは、思春期男子的にはやっぱり恥ずかしいだろう。これに懲りて、今後は妙なちょっかいかけてこなきゃいいんだけど。
「……も」
「あら、なあに?」
下から蚊の鳴くような声がした。髪を耳にかけながら黒い頭と未だ赤い項を見下ろす。もぞ、と一度動いてから、アンドロはのろのろと顔を上げた。依然として赤い顔の中で、緋色の瞳が僅かに潤んで、爛々と光っている。
「そうなの、かも」
「……え」
「……おれ、アンタと話したいだけかも」
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