ドメスティック大好き!
「スチッで、ッす!」
裏にゴミを捨てに行ったらデンジくんが蹲っていた。デンジくんは大きなゴミ袋を両手にぽかんと立ち呆けている私を見て、彼は「……あ、すんません」と覇気のない声で頭を軽く下げ、のそのそ立ち上がった。
デンジくんとは私が勤めるコンビニの常連さんである。会計以外でやりとりしたことはないけれど、密かに想いを寄せていた青年だ。ちなみに名前はそう呼ばれているのを聞いたので私も勝手にそう呼ばせてもらっている。面と向かって名前を聞くなどの会話する勇気なんて私にはない――と、思っていたのに。そんな彼が背を向けて帰ろうとしたところをつい呼び止め、そして冒頭のこれ。い、言ってしまった。言って、言っ、えっ私いま言?! 暗がりの中、口をあんぐりとさせた彼にそんな後悔で血の気がザアッと引いていく。半年近く想いを秘め、一コンビニの店員と客の距離感を保ってきたのに。初会話がこれって正気か? 正気じゃない。いやでも、だって、さいきんのデンジくんは元気がなくて。いつも一緒に来ていた黒髪の男性も、妹? らしき女の子も最近は見かけないし。だから最初は大丈夫ですか、とかなにかありましたか、とか聞こうと思ったんだけど、いやそんなのいきなり言われてもいやなんでお前に言わなきゃならんの? てか誰だよてめえってなるかなもしそんな顔されたら泣いちゃうな。とかなんとか、色々ぐるぐる考えていたら、気が付くと口が最悪な方向に滑っていた。しかも噛んだし。
「……あー、あのさ」
デンジくんはしばらく石のようにに固まっていたが、やがてふかぁ〜い溜息を吐くと、ガシガシ乱暴に頭をかいた。億劫そうにサンダルを引き摺ってこちらへ戻ってくる。
「俺が知り合う女はさぁ、みぃんな俺のこと殺そうとしてくんだけど」
「えっ」
「要するにアンタもそのクチってことかよ? これ目当て?」
彼は首を傾けながら、トン、と自身の左胸を指で叩いた。話の内容と猜疑で満ちた眼差しと、それから近付いた距離にみっともなくキョドってしまう。これ、えっなに、身体? た、たしかに一目惚れのようなものだしいきなりすぎたし身体目当てっぽくみえてしまったのかも。
とりあえず「ちがいます」とだけなんとか絞り出して伝えた。けれどデンジくんはふぅん、と信じていなさそうな相槌をうつばかりだ。ヒィ。好きな人との初会話なのになにこれなにこれなにこれ。好感度最初からマイナスじゃん。なんで? 私が何したって言うの。ちょっと告白して噛んじゃっただけじゃん。なに、どう、どうして、どうしてそんなこと言われ――。
「ころ」
「ん?」
「こ、殺そうとしたら――殺せば? デンジくんは私の恋人になってくれますか」
「は?」
彼は盛大に顔を顰めたが、今の私は自分のことにいっぱいいっぱいで気にしてられなかった。殺そうとしたら、仲良くなれるってこと? じゃあつまり、彼を殺せばいいの? 混乱のせいで迷走している気がしなくもないが、しかし口にしたらなんだかそれが最善のように思えてきた。
「殺せばいいんですね?!」
「いや、なにがどう飛躍したらそうなんだよ。ならねえよ普通に」
「分かりました! 頑張ります!」
「話聞いてる?」
よーし殺るぞぉ! 明確かつ具体的な目標が現れたことにより、私の体は気合いと希望で満ちていた。デンジくんへ自分から一歩近付くと、彼はギョッとしたように少し身を引いた。そんな彼へ、ポケットにいれていたチョコレートを取り出してその手に握らせる。わあどさくさに紛れて(もしかしたらあんまり紛れられてないかもだけど)手握っちゃったァ! えへへ、分厚い皮膚! 傷がいっぱいでボコボコしてる! えっなんで? こわ。
「へ」
しかし眉間の皺を消してきょとんと目を丸くさせるデンジくんが可愛くて、一瞬抱いた恐怖も吹き飛ぶ。私はにっこりと笑った。
「これ、新作です! ちょっと高かったし美味しいはずなので、ぜひ!」
「お、おー、サンキュ……」
「じゃあ私はこれで! 元気だして下さいね! 必ず殺しにいきますから!」
「来んな」
店に戻る寸前、浮ついた気持ちのままドア口でヒラヒラ手を振ると、彼はなんとも言えない顔をしながら振り返してくれた。この後品出ししながら正気に戻って果てしなく後悔するハメになるのだが、この時の私はお話できてよかったなあ、これから頑張ろ! としか思えなかった。
「……あ、『スチ』って『好き』のこと……」
なんつってるか分かんなかったわ、なんて無慈悲で最もなことを、一人路地裏に残された彼がボヤいているとも知らずに。
>>back
>>HOME