三十分後、貧血で失神した


 恋人が首から『ぼくはY談ビームにかかってます』というプレートをぶら下げて帰ってきた。新手のイジメかと思った。一瞬ギルドでの立ち位置とかを心配しかけた。だがかなしいかな、この手の騒動も慣れたものだ。Y談おじさんはいったいどうして終身刑にならないのか。面白いからだろうか。しかしロナルドくんの性癖なんて今更すぎるし普通すぎて別に面白くもない。いや本当に面白くない。なにが巨乳のお姉さんだ馬鹿野郎帽子にグラニュー糖詰めてヨシヨシしてやろうか。……あっ泣きだしちゃった。口に出してしまっていたらしい。謝りながら彼の帽子を外し、べしょべしょの顔を拭ってやる。
「とにかく、きみの性癖なんてもうシンヨコ市民全員が知ってるようなもんだし。気にしないで話せばいいじゃん。私も気にしないから」
 そう促しても、ロナルドくんは目を瞑る力を強めただけで、口を抑えた手を離そうとしない。おかしい、普段なら少し声を甘くすれば一発なのに。類稀にない硬なさだ。どうしたというんだ。まさか性癖が変わりでもした? 今度は爆乳おねーさんか? あ? と目を細めたところで電話がかかってきたので、地蔵ルドくんから少し離れて応答する。
『もしもし? そこにロナルドくんいる?』
「いますけどなんにも喋らないんですよね」
 ドラルクさんは愉快極まりないといった声で『そりゃあそうだろう』と告げた。
『なにせ知人全員が奇跡みたいに余すことなく揃っている場で“きみのおっぱいを揉みたい!”と拡声器使ってキメ顔でゲロったばかり――』
 ピロンと電話が切られたので振り返ると、私の携帯を手の中でミシミシいわせるロナルドくんが背後に立っていた。怒りと羞恥で満ちた表情で、食い縛った歯の間からフーフーと荒い呼吸をしている。携帯壊れてないといいなと祈りつつ、もう片方の、怒りでギュッと固く握られた拳を両手で掴んだ。
「……おっぱいもむ?」
 さすがに押し付けることはできないけど、恐る恐る尋ねてみる。ロナルドくんはつうっと鼻血を流し、ぽかんと顎を外さんばかりに口を開いた。ややあってから「もみます」という消え入るような声とともに、ゆっくり拳が開かれ、触れるか触れないかの位置で止まる。私は胸の前でわなわな震え続ける手をぼんやり見守りながら、揉ませてほしいじゃなくて揉みたいなんだなぁと童貞の進歩を感じていた。付き合って性癖が変わったのなら、それは正直ちょっと嬉しいかもしれない。
 付き合って一年弱。私もそろそろ次のステップに進みたいなと思っていた。今回の彼のやらかしによって必然的に私も表を素面で歩けなくなったわけだけど……え、恋人と仲を深めたいだけなのにだいぶ代償でかいな。……まあいいか! どうせここはシンヨコハマ、千差万別な変態吸血鬼が跋扈する魔境なのだ。一組の男女が乳繰り合おうが交合おうが、今更誰も気にすまい。私とて、今は表を歩けなくなったことよりも、恋人に揉んでもらえるまであと何分かかるかのほうが気掛かりだった。

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