ケンカップル


 恐ろしく生意気なことに、うちに居着いている疫病くそ雑魚オジサン通称ドラルクにはとんでもなく美しいフィアンセさんがおられる。器量よしスタイルよし性格よし。でもそれでいて、ちょっぴり不器用な一面を持つ彼女は、「ごめんね、少し焦げちゃった」と言いながら目を伏せた。恥ずかしげな様子が庇護欲を掻き立てる。例え差し出されているのが皿に積まれた石炭の山だとしても、俺には輝いて見えた。こんなの実質ダイヤモンドだ。すげえ、ダイヤモンドが食える機会なんてそうそうねえぜ! 
「にっっっがアいや美味いです、焦げてはいますけど、その苦味がいいアクセントになってるっていうか!」
「まさかそんな炭を本当に食べるとは思わなかったわ」
 先程までの儚げな様子から一転し、彼女は悪戯っぽい笑みを浮かべている。あまりのことに俺は震えた。そう、なんとお茶目さんなのだ。ドラルクの婚約者は美しく可愛く、不器用という欠点さえも武器にする、非の打ち所がない吸血鬼だった。はああああくっそ羨ましいぜってー許せねえあの砂。砂のくせに。調子乗んな。いつか俺も絶対彼女のような女性と結婚してやる。
「……どうやったらドラルクともこんなふうに楽しく話せるのかな」
 そう、彼女のように、婚約者のことが好きで好きで堪らない、素敵な人と。ひとしきり笑った彼女は、ふう、と息を吐いて物憂げな表情を浮かべた。他人様の婚約者に思うことではないというのは重々承知の上で言わせていただきたいのだが非常に色っぽい。すみません。
 二人の婚約は祖父同士の悪ふざけで決まったらしい。それでも彼女のほうはこうしてドラルクのやつにベタ惚れだ。けれどいざ顔を合わせると素直になれないという悩みを抱えて早二百年だという。基本的にこのシンヨコでは有り得ないくらいの常識人ではある彼女だが、ドラルクに対してだけは超ド級のツンデレ(というかツンギレ)を発揮してしまうのだ。恐ろしいギャップ。俺でなきゃやられてた。ただ彼女が羅列する罵倒は本当に容赦がなくて、無関係の俺でさえ聞いてるだけで生まれてきたことを世界にお詫びしたくなるレベルで辛辣だ。それなのに言われてる張本砂は、普段のメン雑魚具合はどこにいったのかと不思議になるほどどこ吹く風だった。
「ドラルク、私のことなんて嫌いだよね……」
 そうは思わない。たしかにあいつも彼女に対しては、鳥肌の立つような紳士ぶった皮を脱ぎ捨て、負けず劣らずな酷い憎まれ口を叩き返してはいる。けれどそれは嫌いだから、というわけではない、と、俺は思う。いや知らん、あんなやつのことなんて全然分からんけど。
「あ、じゃあ録音とかどうですか? それなら顔を合わせるのがだめでも想いを伝えることができるんじゃ」
「そ、そうね!」
 パッと笑った彼女は少女のようだった。か、かわいい。ギャップにドキドキしながら戦に赴く面持ちでスマホを睨みつける彼女を見守る。
「わ、わた、わたき、じゃない、私、は、えと、あ、あなたがスッず、すす、すッ……好――」
「私の城でなにをしているスラム育ちの暴れウマ娘」
「ホギャアアア」
 ぬっと現れたドラ公は心底疎ましいといった顔で背後から彼女を覗き込んだ。なにがお前の城だ俺の事務所じゃボケ。こいつは彼女を『馬』に因んだ蔑称で呼ぶ。仮にも婚約者であり、しかもこんな綺麗な人なのに最低だな死ねと思わなくもないが、まあ正直ドラ公を前にした彼女がじゃじゃ馬気味なのは否定しきれない。まさに今叫ぶなり握り締めた携帯でドラ公をぶん殴り砂にした彼女に、しみじみ思う。キレのあるいいパンチだ。彼女はどこからともなく自分よりでかいサイズの石臼を取り出して砂山の上に叩き付けると(床にヒビが入った)、開け放たれた窓から逃げ去っていった。よかったー、窓開いてて。また割られるとこだった。
 ジョンが悲痛な声で鳴くので仕方なく石臼をどかしてやる。ていうかデカいし邪魔だな、これ。どうしよう。サテツ貰ってくれないかな。頼み込めば受け取ってくれそう。
「なにを話してた?」
「あ?」
 再生するなり感謝もせずにいいご身分だなクソ砂。もう三回殺してやろうかと吸血鬼を睨んだが、やつの様子が普段とどこか違う気がして目を眇めた。纏う空気がひんやりとしていて、肌を刺すような敵意を感じる。まるで初めて会った時のような、なんだかムカつく雰囲気だ。やつは「だから」と腹立たしげに言葉を重ねた。
「あれと二人きりでああも話し込んでいったい何を企んでいたのかと聞いている。一応人語で話してやってるんだから一度で理解しろチンパン」
「誰が教えるか一生死んでろ」
 石臼をブン投げ、デスクに座ってPCを立ち上げる。打ち合わせの日が近いのでこんな砂を相手にするくらいなら少しでも原稿を進めておきたい。向こうでは散り散りになった粉塵が未だなにやらピーピー喚いているが知らん。馬に蹴られるのは怖いが、砂をけしかけられるくらいなら、別に怖くもなんともない。
「なにを! 話して! いた!」
 しっかし、こんな奴でも一丁前に嫉妬をするのか。いいこと知った、日頃の仕返しがてら小説のネタにしてやるか。いやでもコイツの惚気話なんて書いてもムカつくだけだな、やっぱやめよう。

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