ぬぬぬ


 ジョンくんになってドラルクさんに可愛がられたい。一瞬でいいから融けたやさしい声音で鼓膜を揺らしてもらい、あの胸に抱かれて撫でられたい。
「マジロになる薬? そんなもんあるかと言いたいところだがちょうどたまたま偶然奇跡的にもあのマジロに変身できる薬がある。俺様の偉大さに感謝して咽び泣き崇め奉り子孫代々語り告ぐことを許可してやる」
「やるじゃんぼくちゃん所長」
「よし決めたぞ、お前をサンプルの餌に絶対する。今すぐする。安心しろ、楽には死なせん」
 普通に武力で薬を強奪してVRCを後にした私は、その足でロナルドさんの事務所へ向かい、そこで無事ジョンくんの協力を仰ぐことに成功した。マジロ語に堪能ではないが、例え言語や種族が違えど真摯な気持ちは伝わるものだ。いや別にパンケーキバイキングで釣ったとかそんなんじゃないよ。
 まあともかく、そんな経緯で私は現在ドラルクさんの膝でコロコロしているなうだ。頭部を柔らかく擽る指にぐずぐず蕩けていれば、くすくすと楽しそうな声が降ってくる。
「今日は随分甘えたじゃないか、ジョン」
「ぬ、ぬー……」
 返事をしなきゃと思って声を上げてみた。でもいい歳した大人がぬーって……どうしようまずい突然恥ずかしくなってきた。会話を試みたことで人間性を取り戻して冷静になってしまった。やばいさっきまですごく幸せだったのに。「どうしたジョン?!」やおらに滝汗を流しだした私を見て、ドラルクさんが焦ってしまったのでなんとか必死で平静を取り繕ろうとする。仕方ない。仕方ないんだ。今はアルマジロなんだし、そもそも声帯がそんな感じなんだから。中途半端な恥を捨てろ私。アルマジロに、ジョンくんに成り切るんだ。不意にドラルクさんの指先がお腹に埋まる。フワフワの毛と肉を一緒くたにし、むいむいと揉まれていた。気持ちいい、んだけど、えっアルマジロのお腹って人間でいうどこ?! あ、お腹はお腹か……いやでも結構際どい位置なのでは――「おや」パニックになりかけた思考が、ドラルクさんの不思議そうな声で一旦落ち着く。
「ジョン、きみまた少し太ったんじゃないか?」
 アルマジロの体のどこにそんな筋力があったのか分からないが、私はとにかく弾丸のように飛び跳ねて窓を突き破って事務所から逃げた。騙してごめんなさいドラルクさん不名誉着せてごめんジョンくん窓ガラスは後日弁償するから許してロナルドさん。胸の中で各方面に全力で謝罪しながら、私はダイエットの決意を固めた。
 ◆
 ドラルクは砕けたガラスをちりとりやガムテープで片付け、すっきりしてしまった窓に軽く溜息を吐いて肩を竦めた。私がロナルドくんに怒られるな、これ。
「――さて。出ておいで、ジョン」
 ドラルクが声をかけると、少し開いた事務所の扉の影からおずおずと姿を現した。自身の使い魔を先程と同じようにやさしく抱き上げる。「ヌー?」と話しかけてくる声は、先程の拙いただの鳴き声とは大違いで、ドラルクはジョンの額に頬を寄せながら、耐えきれないと頬を緩めた。
「私がジョンを間違えるわけないだろう」
 そんなことをせずとも、可愛がるくらいわけないのに。馬鹿な子だ。次に会った時は真正面から来るといいよとアドバイスしてあげよう。なんてやさしい私。すこぶる機嫌の良い吸血鬼が無意識にふんふん鼻歌を歌う。調子外れのテノールは、仕事を終えて帰宅した退治人が元凶を砂にするまで、深夜のシンヨコハマをふわふわと漂っていた。

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