くたばって御終い




「デート……副隊長とデート……うう……」
 泣き言が咳に呑み込まれる。もう咳なんてしたくないのに薬の在庫は切れてしまっていた。
 ヨモツバカによって拉致られ再入院させられたときの怪我もようやく治り、いよいよヒナイチさんとデートじゃないデートをするのが、今日の予定だった。だのになんと俺は現在高熱に侵され床に伏せている。ぜってーあのロン毛のせいじゃん。副反応じゃん。もーやだ、シンプルにむり。楽しみにしてたのに。映画は正直どうでもいいけど、でもヒナイチさんセレクトのものなら観たかった。服、服も、あの人ならなんだって似合っただろうし、プレゼントとかさせてほしかったのに。本当は体調不良を隠して強行しようかと思ったけど、万一ヒナイチさんに伝染ってしまったら、と想像するだけで無理だった。クソ菌がヒナイチさんに近付くんじゃねえ! そう、菌は俺です。泣く泣く断りの連絡をいれた。しかしおふざけなしで、ヒナイチさんにはこんな状態にはなってほしくなかったのも本心だ。こんな頭痛くて喉痛くて呼吸もままならないような状態には、絶対。あー、もうほんと最悪。
 こんなに具合が悪いのに、寝過ぎてもう脳が睡眠に逃げることすら拒否している。涙目でうーうー唸ってるとチャイムの音が聞こえた。廊下の床を這ってなんとか玄関まで辿り着いたが、起き上がる気力ももはやなく。どうせ宅配のにーちゃんとかだろ。悪いけど不在届いれといてもろて。と思ったところでドアノブが勝手に下がった。えっ。てかやば、鍵すんの忘れ――。
「開いてるじゃないか、不用心な……えっ」
「ミ゚ッ」
 開いた扉から現れたさらりと流れた緋色の髪に、一瞬幻覚かと思った。でも俺がヒナイチさんを見間違えるわけがなくて。自然と口からは絶命した蝉の鳴き声が零れ、無理をさせられた喉がヒリヒリ痛んだ。う、と喉を摩ると、呆然としていたヒナイチさんの目がさらにまあるく見開かれる。
「まさか倒れてたのか?! そんなに具合が……大丈夫か、今運んで――」
「へ、ま、ちょ、だめだめだめだめだめヒナイチさんストップ!」
 飛び起きて座った状態で口を抑えて急いで後退る。きゃあやだこんなパジャマで顔も洗ってなくて髪の毛もボサボサなのに! そしてなにより菌が! そんな俺の必死さが伝わったのかヒナイチさんは靴を片方脱ぎかけた状態で止まってくれた。ほっと胸を撫で下ろしつつ、俺は現状の把握につとめようと口を抑えたまま彼女を見上げる。
「副隊長、なんでここに?」
「具合が悪いと聞いたから様子を見に」
 ヒナイチさんはビニール袋を持った片手を少し上げる。つまり俺の看病をしに……? やだ、クリミアの天使じゃん影にキスしよ……。なんて言ってる場合ではなく。そもそもヒナイチさんが天使なのは元からだし。
「あの、気持ちはもうほんと死んじゃいそうなほど嬉しいんですけど、俺いますごい菌なんで……」
「すごい菌……あっマスクならあるぞ! ドラルクに持って行くといいと言われたんだ」
「あのよわよわ砂野郎ほんと余計ありがとうございます!」
 なにアドバイスしてんだ来ちゃうだろうがという気持ちと、いやまあアドバイスしてくれたのは助かるわ……という気持ちがごっちゃになってよく分からないことを叫んでしまった。喉が痛い。いそいそとマスクをつけたヒナイチさんは今度こそ靴を脱いで俺の前に屈んだ。
「じゃ、運ぶから寝室を教えてくれ」
「すみませ……あっちでぇぇえええ????」
 言葉の途中でふわっと体が浮いたと思えば、いつもより数段低い視界が広がる。俺はヒナイチさんによって横抱きにされていた。ひえ。おひめさまになっちゃった……。
「お、おもいでしょう、おろして……」
「気にするな。風邪で体重が落ちてるんだからむしろ軽いくらいだぞ」
「しゅき……」
 はわ、と両手で口を抑えて彼女のご尊顔を見つめあげる。やだ近い恋に落ちちゃう、いやもう落ちてたわ……。ヒナイチさんはあわあわする俺をちらりと見遣って、「知ってる」と目を緩めた。
「デートはまた今度だな」
 私もう死んでもいいでしゅ……。

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