ジャージ事変


 恋は盲目と言う。だから私はどんな情けない理由で砂になったって彼をかっこいいと思うし、そんな彼に血を吸ってもらいたくて、毎日アタックしているのだろう。いつものように吸血チャレンジのため事務所の戸を叩き、足を踏み入れた私は、紫色のジャージを羽織って出迎えた吸血鬼にぽかんと口を開いた。沈黙、そして返った波が寄るかのように勢いよく込み上げてくる感情。
「ダッッッサ! 体育教師! 剣道部顧問!」
「クソッ分からんけどなんか分かる!」
 叫んだ私に、ドラルクさんは「こんなの付けた体育教師がいるか」と歯噛みして胸元のヒラヒラを指差した。いやそれ、それが一番の問題。難敵。そのヒラヒラとジャージの芋さが最凶にアンバランスなのだ。もはや兵器。そのダサさで地球が滅びそう。
「そのシャンプーハットみたいなの外したらいいのに」
「シャシャシャシャンプーハット?! 違うこれはクラヴァットだクラヴァット! きみのようなちんちくりんにはこの優美さなんて分からんだろうなァ!」
「理解するとそんなファッションモンスターになっちゃうってんなら一生分からなくていいです」
 甲高い叫びとともに、ドラルクさんが怒りで塵になる。砂になるならついでにいつもの格好に戻っ……てはくれないらしい。うう、究極的にダサい。いや分かんない、多分人によっては好きなんだろうけど、いけるんだろうけど。でも私には無理だ。私の美的センスがものすごく反発してる。キツすぎ。この多様性を受け入れることが出来ない。あまりの酷さに後退ると、ドラルクさんは少しだけ眉を下げた。
「そんなに拒絶されるとは」
「今のドラルクさんなんてただのクソ雑魚ダサダサ限界ゲーマーおじさんですよ……」
「言い過ぎだろうが」
「見てるだけでIQと視力が低下する」
「そのままマイナス越してしまえ」
「ところで今日こそ吸血いかがですか」
 ケッと吐き捨てたドラルクさんだったが、私の言葉に目を丸くさせる。眉間のシワが一遍に取り払われた。
「……あんな散々言ったくせにそこはいつも通りなのか。しかし仮に吸血するとなれば、この古代兵器並にダサい格好の私と接近することになるが?」
「まあアイマスクをすればなんとか」
「腹立つな」
 正直な気持ちを伝えれば、ドラルクさんのこめかみに青筋が浮かぶ。「大体ね」彼は恨みがましそうに私を睨んだ。
「私のことが好きなら『どんなドラルクさんも素敵です!』くらい言ってみせたらどうだ」
「その姿を見るまでは自分でもそういうタイプだと思ってたんですけどね……いや破壊力強すぎです、その服。夢にでる」
「はーっ! 百年の恋も冷めたってか! それはなによりだよ!」
「やだな、冷めてたら吸血してほしいなんて言いませんよ」
 どうやら私はどんなドラルクさんもかっこいいとは思えないらしい。しかしそれでも、好きだ思うこの気持ちに変わりはなかった。ダサいけど。ジャージにシャンプーハット付けちゃうところも、譲れないこだわりを感じてかわいく思えてきていた。まあマジでダサいけど。
「世界を滅ぼしそうなほどダサくったって、ドラルクさんのことは好きですよ」
 微笑んだ私に、ドラルクさんは目を見開いて呆けていたが、やがて不愉快そうに顔を顰め、「ゴリラの美的センスよりかはマシだし」とぼそぼそ文句を零した。うーん、どっこいかな。

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