初デート


 社会人たるもの、待ち合わせ時間の十五分前に現地に着いておくことなど常識である。が、初デートに浮かれた私はどポンチのアンモラルな非常識ピーポーなので一時間前に着いていた。まあ待ち合わせだし。これが取り引き先のオフィスとかだったらくそ迷惑戦犯野郎だけど、デートの待ち合わせというならギリセーフだろう。と、思いたい。遅れるよりマシなはず。バレた時が恥ずかしいし引かれそうで怖いけど。
 さて、ドラルクさんがやってくるまでどうしよう。近くのスナバにでも入ってようかという考えも頭を過ぎったが、スナバの居心地の良さは真冬のコタツと同レベルなので迂闊に入店するのも危険だ。一歩踏み入れたが最後、時間感覚を失いうっかり待ち合わせ時間を過ぎてしまう可能性がある。そもそも彼より遅くに来たと思われたくないし、スナバから出てくるところ自体見られたくない。とくれば、大人しくここで待っておくのがやはり最善手な気がした。
 私は仕事帰りのリーマンや部活終わりの学生たちの邪魔にならないよう、歩道の端、なにをしているところかよく分からんデカいビルの出入り口付近に身を寄せる。高層ビルのガラス張りの壁は、鏡のようにピカピカだった。清掃の人達の日々の業務の賜だろう。ガラスに映った自分の全身を手持ち無沙汰でなんとなく眺める。
 着いたばかりだし、化粧はまだ大丈夫。髪型も……いや、前髪が少しよれてるかも。指先ですくようにして軽く整える。けれど前髪を直したら今度は全体のバランスが崩れて見えてきた。後頭部や後ろ髪を撫で付けてみるが、どうにも納得のいく形におさまってくれない。なにが悪いんだ、出掛けはそれなりに満足いってたのに。ガラスに映る自分をじいと睨みつける。なんだコイツ……気に食わない……。なんとかなっていたはずだった前髪や化粧も変に思えてきて、段々腹が立ってきた。ピアス、もう少し派手なヤツのほうが顔の大きさ誤魔化せたかな。眉頭なんか変じゃない? リップ浮いてる気がする。ブラウスの裾、出そうかな、いややっぱインするか。ていうかスカートの丈微妙くない? このバックじゃないやつの方がまだ服装に合ってたんじゃ。やばい、爪先すごい痛い。
 突然なんか全体的にめちゃくちゃダサい気がしてきた。鏡割りたいほど似合ってない。いっそ家に帰って一からやり直してしまいたいが、そんな時間は当然ないし……でもせめて顔面だけでも整えなきゃ。スナバのトイレでも借りる?
「まじでかわいくないな……」
「そうかい? いつにも増して愛らしいと思うが」
「◎△$♪×¥●&%#?!」
 すぐ耳元で聞こえた想い人の声に心臓が跳ね、思いっ切り舌を噛んだ。口内に鉄の味が広がり、痛みに呼応して目頭がちょっと熱くなる。恐る恐る振り返ると、すぐ後ろでは、やたら上機嫌な笑みを浮かべたドラルクさんが「や!」と手を上げていた。呑気なものだ、私がドラルクさんならこの一瞬で四回は灰になってたくらい衝撃的だったのに。逸る鼓動を抑えつつ、軽く彼を睨む。
「なんでいるんですか……」
「なんでもなにも、だって今日デートの日だろう?」
「デ、えへ……あっじゃなくて、早すぎます! まだ一時間前ですよ!」
「えー、きみが言うの、それ」
 ごもっとも。ぐうの音しかでない。
「い、いつから見てたんですか」
「んー……きみがビルの近くに移動して身なりを確認しはじめたところから?」
 はい五キル目。最初からじゃん。声を、というかなんで私も気付かなかったのか、と後ろのガラスをチラ見して、やっとそこにドラルクさんが映っていないことに気が付いた。そっか、吸血鬼だから映らないのか。私の視線で察したのか、彼もしたり顔で「そういうこと」と口角を上げる。
「にしても、随分御粧しして来てくれたんだねぇ」
「そ、いや、まあ……」
 口篭ると、ドラルクさんは怪訝そうに眉をひょいと上げた。家を出た直後なら即答できていたんだけどな、苦笑いする、だって今身につけている物はどれも今日のため、そして彼のために選んだものだったから。でもこうして冷静になった今、全てが私の独り善がりな気がして、なにもかもが似合っているようには見えなくなっていた。
「いっそ裸の方が御粧しと言える気がします……」
「毒されすぎだよ、きみ」
 絶対やめてねと青い顔で釘を刺される。しない、しないですけど。少し俯いて、悪足掻きで前髪を撫でれば、ドラルクさんは「仕様がないなぁ」と溜息を吐いた。呆れた口ぶりだったけど、声は依然としてご機嫌だ。そんなドラルクさんの手が私の頭へ伸び、スッスッと迷いなく動いていく。暫くして、彼は私をくるりとビルの方へ反転させ、「ほぅら」と満足気に囁いた。頭には先程までなかったはずの髪飾りが咲いている。
「これ……」
「さ、よく見てごらん。かわいいだろう、私の恋人は」
 ここで「そうですね!」なんて返せほどの恋愛経験値は持ち合わせておらず、私はただ唇を噛み締めた。ガラスに映った私の顔横に流れた髪がひとりでに動き、真っ赤になった耳へとかけられる。その様がなぜだか妙に艶めかしく見えてしまい思わず息を止めていれば、背後でクスクス笑う声がした。

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