彼ヒートテック


 着替えのためにヒートテックに袖を通し、違和感に動きを止める。めちゃくちゃデカい。これロナルドくんのだ。だらんと余った袖をあー……と眺めていれば、扉が開く。
「なあ、俺のヒートテック知らっっっ」
 捜し物を私が着ていることに気付いた上半身裸ルドくんはカッと目を開けその場で硬直した。まだ乾いていない髪から水滴が垂れ、ぽたりと床に落ちる。
「ごめん、間違えちゃった」
「ありがとうございます!」
「は?」
「あっ、いや、だから、あの……ほら、ヒートテックなんてどれも同じだし! 間違えても仕方ないよな!」
 ウンウンとわざとらしい態度に目が細くなる。顔の赤らみは風呂上がりの火照りのようにはなぜか見えず、妙な怪しさを孕んでいた。彼の携帯に緊急要請の連絡が入ったから、それを追及することは結局できなかったけれど。
 そうして有耶無耶になったまま、およそ一ヶ月が経とうとしていた。
「そーれ、Y談波ァー!」
「しまっうああああああ」
「ロナルドくん、大丈夫?!」
 パトロールに同行させてもらったある夜、ロナルドくんが突然現れた派手な黄色スーツの男性から、謎の波動をもろに受けた。叫び声をあげたロナルドくんは、汗をダラダラ流して口を抑え、私を遠ざけるように片手を前に突き出していた。その尋常でない様子に不安を覚える。自律神経に作用する攻撃なのだろうか。どうしよう、とドラルクさんを見遣れば、彼は「ああ」となんでもなさそうに肩を竦めた。
「あれは吸血鬼Y談おじさんだよ」
「吸血鬼Y談おじさん?!」
「性癖をぶちまけて慌てる人間を見るのが趣味な吸血鬼なんだ」
 なにもかもが最悪すぎる。他人にぶちまけさせるのも、こんな説明を大真面目にさせるのも……。「そういうことだ、初めましてのお嬢さん」色々と戦慄していればカツンと靴音が響いた。
「さあ、きみの恥ずかしい性癖も私にグワーッ!」
「彼ヒートテック!」
「は?」
 私を守ろうと飛び出したロナルドくんがとんでもないことを暴露しながら黄色い人……わ、Y談おじさん? を殴り飛ばした。一発KO。いや、それより。
「うーわ、またニッチな」
「うるせえダボついた腰周り! 襟ぐりからチラ見えするおっぱい!!」
「生々し〜聞きたくなかった〜」
「ちが、そんなつもりは、私はただ間違えただけで……」
 ドラルクさんの目線が痛い。絞り出した声で必死に弁明しながら、熱い顔を両手でピッタリ隠す。ありがとうって、そういう意味かよ。
「あ、そうなの? てっきりロナルドくんが頼みこんで着せたのかと」
「違うわ! シャツやジャージでは醸し出せない肌着だからこその絶妙な所帯感がいいんだよ!」
「もう黙って、というかドラルクさんも喋らそうとするのやめてください!」
「いや裸カーディガンから成長したものだなと思っスナァ……」

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