狐も食わない


【審神者に嫌われてると思ってるたぬきVSたぬきに嫌われてると思ってる審神者】
ラブコメ的な/ハグーってしないタイプのドライこんのすけ


「待って下さい同田貫正国様」

 馬鹿丁寧に呼び止められた男は気だるげに振り返る。その頬に走る細長い切り傷を見て、私は眉をひそめた。

「んだよ、まだなんかあんのか?」
「怪我をしているでしょう。手伝い札の使用を許可します」
「……いらねえよ、別にこんくらい」
「主命です。手入れしてください」
「……わぁったよ」

 彼は心底嫌そうに返事をする。私はそれを確認して無言で頷き、逃げるようにその場を去った。舌打ちは、辛うじてされなかったけれど。いつまでも不愉快な思いをさせるのも本意ではなかったし、なによりあんな目で見られるのも嫌だった。


 この本丸の主である私は、短刀の次に卸した神である同田貫正国に嫌われている。それには当然の理由があった。

 遡ること三年前だ。

『 鍛刀 セヨ 早急 ニ 戦力 ヲ 整エタリ 』

 深いため息を吐きながら政府からの通達状を伏せる。
 正直、気が乗らない。本当に私のような人間風情が神降ろしなど行っていいのだろうか?

「……こんのすけ」
「はい、ここに」

 小さく呟けば、管狐は呼びかけに応えながらどこからともなくしゅるりと姿を現した。現在初期刀である陸奥守吉行と初鍛刀の愛染国俊は二振りとも遠征で留守にしている。まだあまり実感はないが今は戦時中。本丸に主のみのこの現状が褒められるものではないことはさすがに分かっていた。

 鍛刀すると告げれば返事をするように尾っぽがゆらりと揺れた。


 材料を炉の精霊に託し、出来上がるまで大人しく待っていようとすれば、こんのすけの物言いたげな視線がやけに刺さった。

「……なんです、その目は」
「いいえ、なにも。ただ審神者様にかかれば手伝い札などただの紙切れ同然だな、と」
「…………これは手入れのときの使うつもりなので」
「別に審神者様の方針に口を出すつもりなど毛頭ございませんよ、ええもちろん。推奨練度に充分達している遠征で果たして手入れが必要になるのか、という疑問を抱かずにはいられませんが」

 今後必要になるかもしれないでしょうがァ……! 

 屁理屈ばかりを捏ねぶん投げてくる狐にイラつきを覚える。が、この狐に口喧嘩で勝てる気もしない。仕方なしに炉の番人に手伝い札を差し出した。視界の端では大きなしっぽが『それでいいんだ』とでも言うように揺れていた。今後もこうしてうちの運営方針に口を出されるのだろうか。い、いやすぎる。
 零れそうになるため息をグッと堪えながら、気を取り直してと出来上がった刀を顕現するためそっと鞘に触れる。無数の桜の花弁が膨らみ弾けたその瞬間、心臓がドクリと大きく脈打った。

「──同田貫正国だ」

 刀を担ぎ、兜を片手にした彼はぶっきらぼうに言葉を紡いでいく。

「質実剛健ってやつ? ま、よろしく」
「……」
「同田貫正国様は今でこそ打刀でございますが政府設立当初は太刀であられました故、打刀といえど太刀並のステータスにございます。戦力としては申し分なく、……審神者様?」

 こんのすけがなにか言っているが頭に入ってこない。ただただ呆然と目の前の彼を見つめた。

 なんっっだ、このイケメンは??? 顔もよければ声もいいとか何? 顔がいいから声もいいの? そういうことですね分かりますいや分かりせんていうかなにその兜、なにか伝承とかあるんですか、きっとそうですよね後でみっちり調べます。もしかしてその額の傷も、…うわーー!? 顔がいい!? えっ顔がいい!! 改めて見ると顔がよすぎる!!……えっ? うわ待って無理、陸奥守吉行たちもさすが神様な美形だった、だったけどこれは無理だ。だって端的にいってタイプどストライクだ好、

「うぉあああああああああ!!!!!!!!」
「は?! アンタなにやってんだよ?!」
「審神者様?!」

 脳が不敬極まりない答えを叩き出す前に土下座のような形で頭を床に打ち付ける。ギョッとしたような声で呼び掛けられるが返事をする余裕はない。審神者は悪い子! 審神者は悪い子!! ガンガン頭を打ち付けながら先程の思考に対しての反省をする。

「おい!」
「っ!」

 焦った声とともに肩を掴まれ強制的に動きを止められる。それは少し痛いくらいの力だった。小さな痺れを訴えはじめた二の腕をよそに、顕現したばかりだから力加減があまり分からないのかな、なんて他人事のようなことを考える。

「おい」

 俯いた姿勢のまま固まってしまった私を不審に思ったのか、再度呼びかけられる。困惑したような声色だが、それでも嫌悪の感情は含まれていないようだった。
 ああ、顕現早々だというのに何をさせてしまっているのだろうか私は。なんだかやるせない、というかもう普通に情けない。
 どんな顔をすればいいのか分からず、視線だけを床に這わせれば、濡鴉のような深い色をした鞘が視界の端に映った。あの中にはきっと決して折れることの無い白刃が収まっているのだろう。肉を切り骨を断ち血潮を浴びてなお、いや浴びてこそ輝きを増す、そんな綺麗な刀が。
 ……綺麗なんてあまりに安くて生温い表現だ。彼には到底似つかわしくない。そう分かってはいるのに他の表現なんててんで思い付かなかった。
 だってこんなこと、これまで体験したことがなかったんだもの。言葉に出来ないほど、美しいものを見付けることなんて、初めてだ。

「……なにしてんだよ、主」
「────、」

 ぼんやりと思考に耽っていると、ぽつりと控えめに、それでもはっきりとした言葉が降ってきた。

 さっきのセルフ仕置きとはまた別の、ガツンとした強い衝撃が頭に走る。息が止まりそうだった。いや事実止まった。自分の喉がヒュッと音を立てるのをなぜか他人事のように感じた。


 口上を名乗っても返事ひとつしない。
 かと思えば突然奇行に走り出す。
 誰だって目の前で主っぽい女が床に頭をスパーキングしだしたらドン引きだろう。あっちからしたらとんだハズレくじもいいところだ。

 しかしそれでも彼は私を、こんな私を『主』と仰ぎ、近付こうとしてくれた。


 そんな不器用で尊く優しい神様のことを、あんな軽々しく『好き』だなんて。


 一時ばかりのこととはいえ、どうしてそんな浅ましく邪な想いを抱けたというのだろう。ほんの数秒前の自分が脳裏を過ぎり、そのあまりの図々しさに目の前が白くなる。

────ああ、本当に。私という人間は!


「……むり、有り得ない」
「……は、」





「ですから違うんですよこんのすけ聞きなさいあれは『こんな審神者最低だわーマジありえないわー』って意味の自嘲というかなんかそんな感じのあれで決して同田貫正国様がないとかそんな意味ではないんですよ決して!」
「そうですか、知りませんよ」
「そうですよ、分かったなら早く誤解を解いてきて下さい」
「ご自分でなさって下さい」
「こんなことで同田貫正国様のお時間をいただけと? 私如きで煩わせろと? ありえません本当に何も分かってませんね暇なあなたとは違うんですよは全く」
「こんのすけも暇じゃないので実家(政府)に帰りますね」
「愚かな審神者を捨てる気ですか?!?!!」
「愚かな自覚あったんですね」

 

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