顔面ゴリ押し


「吸血鬼になりたい」
 帰ってくるなりジョンにもメビヤツにも挨拶をせず、死にそうな顔で悄然と呟いたロナルド君にふむと顎を摩る。
「自殺の婉曲表現? さすがの私もゴリラの葬儀作法は知らないなあ、調べておくよ」
 若造は私を通りすがりに殺しつつ、ダイニングテーブルにガンと突っ伏した。再生しながら私もキッチンへと向かう。殺しにもいまいちキレがなかったな。スープを温めながら聞いてやるかどうか悩んでいると、ロナルド君自ら「今日」と話し出した。ンゲェ巻き込まれた。面白いならいいが、この様子だとそうでもなさそう。
「ほらあの、いるじゃん、あの人、おれが、あの……あれしてるあの人」
「仮にも作家がこそあどで喋るな看板降ろせ」
「看板振り回して殺すぞ。だからあの、おれがす、好きな人だよ」
「あーはいはい、まあ分かってたけスナッ……で、彼女がなに。勢い余って告白でもしちゃった?」
 この青二才にそんなことできはしないだろう高を括って言ったものだった。しかし「するか!」と怒鳴るだろうという私の予想に反して、ロナルド君は声も出ない様子で顔を真っ赤にして口をパクパクさせていた。
「は、な、なんだドラ公おまえ知って、あ?! ま、まさか見てたのかテメー……!」
「いや、見てないけど……うわ、まじか」
 私が頬を引き攣らせたことで、墓穴を掘ったことにやっと気付いた小僧の顔がさらに茹で上がった。なんて分かりやすい。口角が上がりたいとピクピク動き、喉が高らかに笑いだしたいと主張するのをなんとか我慢する。殺されるのは目に見えてる。コホンと咳払いをするように握った手で口元を隠す。
「や、やるじゃないか、童貞五歳児ゴリラのわりに大進展スナッなんだ褒めてやったのに!」
「笑ってんの丸分かりなんじゃ殺すぞボケ」
「殺してんだよもう。そんなガサツで粗暴だからフラれたんじゃないか?」
「ハ?! ふふふふふふふられたとかおれ一言もいってねーだろななななな何言ってんだクソ雑魚おじさんのくせに」
「言われんでも分かるわ心理戦カスルド君」
 私の言葉にジョンが同意して鳴き声をあげる。「まじか……」本気でバレてないと思っていたらしく、ロナルド君は愕然とした。
「どうせ話すつもりだったんだから今更だろう。それで、なんてフラれたの?」
「……『短い人生、私みたいなのに構ってたら損しちゃいますよ』」
「どっかで聞いたことあるな」
「だから俺は吸血鬼になって彼女を安心させたいんだよォ!」
「それが体のいい断り文句だってもう知ってるだろきみ」
「じゃあ鳥になるぅ!」
 うえええんと泣いて再びテーブルに突っ伏した彼に溜息を吐き、携帯を操作する。動画を撮ってもいいけど、今はやめておいてあげよう。慈悲深さにひれ伏さないかなと思いながらRineを開いて件の彼女に【きみ、ロナルド君のこと好きって言ってなかったっけ】とメッセージを送る。すぐに既読がつき、返ってきた。はーんはんはんはん……。メッセージを読むにつれ、途方もない脱力感に襲われ、どんどん目の力が抜けていく。こいつら。いや、ロナルド君もきっと勢い任せなしょうもない告白をしたんだろうけど。それにしたって、どうしたらこうも拗れるんだ。
「彼女、他にはなにか言ってなかったの?」
「ほか? ほかは……『気持ちは本当にありがたいし、嬉しいです』とか……」
「うわー定型文」
「ウエエエン!」
 泣きじゃくる五歳児をジョンに任せ、トーク画面を見る。スクロールして少し遡れば、彼を褒め称える言葉の羅列が幾つも連なっていた。ロナルド君の素晴らしいところなんて微塵も興味ないのに、よく付き合ってあげてるな私。自身の寛大さに感激しながらふ、と息を吐き、視線を携帯からぐずぐず溶けているロナルド君へと移す。
「よく聞け退治人ロナルド!」
「ウェ……?」
「本当に彼女をものにしたいなら、吸血鬼になってる場合ではないぞ。それよりもっと生産的な方法があるからな」
「……な、なんだよ」
 涙で顔をぐしゃぐしゃにし、頬を上気させたロナルド君は、ゴクリと唾を飲み込んだ。そんな彼に、私は今度こそ口角を吊り上げて鼻先に指を突き付ける。
「その顔でゴリ押すんだ!」
「へ……か、かお……?」
「そうそう」
 泣いてても見れない顔じゃないなんて癪だから絶対に言ってやらないが、しかしその潤んだ瞳で迫られたら大抵の女性はイチコロだろう。
「あ、体格だけはしっかり威圧感あるんだから間違っても壁ドンとかするなよ。ゴリラの威嚇にしか見えんから。なるべく下からな。そっと見上げる感じで」
「し、下から。そっと見上げる……」
 たどたどしく私の言葉を繰り返す姿には些か、いやかなり不安を感じるが、まあなんとかなるだろう。なんだかんだ、要領が悪い男ではない。童貞だが。
「分かったら早く立て」
「は?……えっ今?! いやおれフラれたばっかだし、さすがにキモがられる……うわっ、ジョン、ちょ……」
 丸くなって飛び跳ねるジョンに急き立てられ、ロナルド君は渋々立ち上がった。玄関口で往生際悪く眉根を寄せる五歳児を「いいか」と睨みつける。
「愛の言葉はもったいぶらず、尽く丁寧に一つ残らず吐き出せ」
「は?」
「でないとまた『勘違い』とか言われてフラるぞ」
【好きです。告白、嬉しかったです】
【でもロナルドさんが私みたいなつまらない女を好きになるはずがないので】
【きっとなにか勘違いしてるんです】
【あとでがっかりされたくない】
 眼前に突き付けられたトーク画面を追っていた瞳が徐に見開かれた。食い入って見つめる彼に、肩を竦める。なんて茶番に巻き込まれたんだ、私は。携帯をパッと隠せばロナルド君は「あっ」と名残惜しそうな声をあげた。言ってる場合かはよ行け。しっしっと追い払う仕草をしてみせる。
「看板を下ろす気はないんだろう? だったらさっさと本領発揮してこい」
「……偉そうにしやがって。あとで殺す」
 扉が閉まる直前、らしくなさすぎな鳥肌もんの言葉をかけられた気がするけど、普通に気色悪いので気のせいだと思うことにしよう。
「さ、ご飯にしようか、ジョン」
 まあ、思ってたよりつまらなくはなかったが。

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