貴方に幸あれ


※女主で友情夢です


 芋虫のような吸血鬼が飛び掛ってきた刹那、恐怖で固まる視界に高く舞い上がった小さな影が映り込み、月を宿した白刃が無数に煌めく。夜に相応しい静寂が生まれ、少女が軽やかに地面へと着地するのを合図に吸血鬼が倒れた。そんな背後に一瞥もくれず、少女は「大丈夫か?」と緋色の髪をふわりと靡かせている。彼女はにこりともしないまま、私を明るい場所まで連れて行くと、再びひと跳びで夜の闇へと姿を消した。
 自分よりもずっと小さな女の子に助けられた、そんな翌日。勤務中、たまたま店の前を通りかかった彼女を私は慌てて引き止めた。先日のお礼にどうか奢らせてほしいと伝えれば、彼女は驚いた様子で目を丸くさせる。しかしほんの少しの逡巡の後、「規則でそういったことは禁止されている」と首を振り、私の申し出をきっぱり断った。「気持ちだけは受け取っておく。いつか改めて客として来店させてもらおう」そう言って不器用に口を歪めて微笑んだ彼女を見送ったのは、もう数ヶ月の話になる。
 そして、今日、初めて客として訪れた彼女は、四人分のケーキを持ち帰りで注文した。ぴょこぴょこと髪の毛を揺らしてショーケースに張り付いて長いこと悩んでいたから、甘い物が好きなのだろう。それなら、とケーキの箱を入れた袋に、ちいさなクッキー缶をしのばせる。今の彼女なら、このくらいは貰ってくれる気がしたからだ。尚この数日後、「ダメだと言っただろう!」と頬を膨らませた彼女に代金をきっちり支払われ、つい笑うことになる。すっかり感情豊かになったものだ。きっと素敵な友達ができたにちがいない。
 私は同じ女性として、研磨された刀のような凛とした佇まいの彼女に憧れた。けれど今のような、弾けるような笑顔を惜しみなく周囲へ振り撒く彼女もやっぱり素敵だなと思う。重力など知ったものかと宙を駆けるヒナイチさんには、自由なさまがよく似合うから。

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