震えて眠れ この五歳児が


『聞いてください、脱稿しました! 俺の勝ち! 褒めて!』
「わー、えらい、すごい! お疲れ様です! 今から読むのが楽しみです。ところで何徹目ですか?」
『えっわかんないです……ごさいなので……』
「寝てください」
 携帯を耳に押し当てながら、ベッドから起き上がってカーテンを開く。まだ白みはじめの空を見て、今日が休日でよかったと思った。平日だったら『まだ寝れたんですけど?』ってガチ切れしてる。五歳相手にキレるわけにもいかないのでナイス脱稿タイミングだったなあと込み上げてきた欠伸を噛み殺す。
「今終わったんですか?」
『はい! さっき受け取ってもらいました!』
「さっき……ならフクマさんもお疲れ様ですねぇ」
『な、なぜフクマさんをご存知で……?! まさかあらぬ仲なんですか……?! 俺を差し置いて……?!?!』
「前ロナルドさんが教えてくれたんじゃないですか」
 差し置いてもなにも、会ったことすらない。もう一度寝てくださいと繰り返したが無視された。
『あなたとかけてDeleteキーとときます!』
「かけないでください。寝て」
『かけます!!!!!!』
「ああもう駄々っ子……その心は?」
『出会う前にはもう戻れません!』
 元気な受け答えに、意味を考えて沈黙する。たしかにDeleteキーはとても便利。一度あの便利さを体感したら離れられない体になる。それは、分かるけど。
『もう前はどうやって過ごしてたかとか、全然思い出せないです』
 明るく追い打ちをかけられた。その声に照れは一切なく、判断しかねて返事がでてこない。どっ、え、……ん? これは、なに? この五歳くんは今いったいなにを……え? 思考がグルグルと回るのは、寝起きで機能していないからだけじゃないはずだ。こうやって考えている間も、元凶であるロナルドさんは『あれ、聞いてますか? あれ? え?』と一人電話口で騒がしくしていた。
『えっ、まさかいないんですか? おれひとりにされた……? うえーん……かなしい、さみしい……どうして……』
「……してません、いますよ」
 考える暇も与えてくれない。なんとか絞り出せば、『いた!』と嬉しそうな声が鼓膜を揺らした。
「……ロナルドさんは」
『はい!』
「ロナルドさんはそれが一番好きってことですか?」
『いや、一番はTabキーですね。打った感じがカシャンってするので』
「このやろう」
 ちょっとでも悩んだ自分がバカみたいだ。カシャンに負けた。金輪際酔っ払いと脱稿ハイの言うことはミクロも信じないことにする。私は学びました。しかし信じた私も馬鹿だったけど、やり返してやりたいという気持ちが沸々と湧き上がってくる。まだ起きてるかなと思って名前を呼べば、『なんですか』と殊の外やさしくてとろけた声が返ってきて言葉に詰まる。
『はー……んへ、朝から声きけるの、いいですね。安心する、すげえ落ち着く、がんばろってなる。毎朝してぇな……』
「……」
『あ、でも、すげえしあわせなんだけど、顔見たくなるからやっぱだめかも……』
「……ロナルドさんとかけまして、メールアプリのCntl、Shift、Aとときます」
『わ、ちょっと待って……メール、えー、コントロール、シフト、エー……はい! その心は?!』
「明日覚えとけよってことで」
 精々スケジュールに組んどけ、五歳児。一日だけ猶予期間あげるから。『明日来てくれるんですか!』無邪気に喜ぶ彼に、私は「そうですよ」と晴れやかな気持ちでやさしく返事をした。

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