Trick but Treat


 吸血鬼のコスプレをした吸血鬼退治人と道で遭遇した。
「……浮かれるにも程が――」
「小学校からの依頼で毎年恒例なんです!」
 口をついて出た失礼な言葉を遮り、ロナルドさんは捲し立てる勢いで説明してくれる。
「なるほど、そうだったんですね。すみません、変な勘違いを……お似合いですよ」
「エッッッ! ほ、ほんと……そう、ですか……?」
「はい」
 ロナルドさんがぎこちない笑顔のまま急にギシッと固まった。私が頷くと、「ち、ちなみにどの辺が、とか……」と聞かれたので改めて彼の全身を見た。
 仕事着である赤のイメージが強い分、銀髪がよく映える黒いマント姿は新鮮だった。上がった前髪のお陰で青い瞳がはっきり確認できるのも素敵だ。彼の魅力の一つである太陽みたいな明るい親しみやすさがいい意味で失せていて、静かに昇る月のような美しい妖艶さを纏っている。
「あ、あと前で結ばれてるリボンもかっこいい印象からのギャップを感じて可愛いです」
「う、う、うあぁぁアアァァ……」
「まだ言えますよ」
「ギギュエッグッガッオア、アバ……モ、モウソノヘンデ……」
 消え入るようなカタコト、そしてものすごい風圧とともに平手を突き付けられたので素直に黙る。ロナルドさんはもう片方の手で顔を抑え、そっぽへと首を捻っていた。私に顔を見られたくないんだろうけど、赤い首筋が丸見えだった。その様子に、私は私で少し口が滑りすぎたなぁと後悔して、不自然に思われない程度に小さく咳をする。好きな人の珍しい姿に浮かれていた。うっかり好きですとか口走らなくてよかった。
 彼はしばらくうーうー唸ったあと、不意に「あっ」と少し嬉しそうに声を上げる。私へと視線を戻し、まだ若干赤い頬のまま、にかっと笑った。
「あの、俺、例のブツも持ってますよ! こんな浮かれぽんちな格好するんで、念の為にだったんですけど」
「例のブツって」
 もしかしてお菓子のことを言ってるんだろうか。ロナルドさんの目は見るからにワクワクしていた。彼の期待に答えるべく、社会人になってからはすっかり縁遠かった合言葉を告げようと口を開く。……そういえばあれにも色々種類があったな。
「……じゃあ、Trick but Treat」
「はい、お菓子を……って、あ……? ば……? えーっと……はい、これ、どうぞ!」
 一瞬困惑して呆けた彼だったが、すぐにまぁいいやとなったのか満面の笑みでキャンディーやチョコやらが詰められた小袋を渡してくれる。笑うカボチャがプリントされたパッケージに赤いリボンのラッピング。思っていたよりもずっとしっかりした物を渡されて瞠目した。
「こんなのをたくさん持ち歩いてるんですか? あ、いや、嫌だったとかじゃないんですけど」
「あ、え、いや……う……まあ、そう、っス」
 歯切れが悪いのは、責められてると感じさせてしまったからかもしれない。首裏に手をやり気まずそうな表情の彼に申し訳なさが募った。
「チロルとかそんな感じのものを貰えると思ってたのでちょっとびっくりしたんです。でも嬉しいです、かわいい。ありがとうございます」
「あー……はは……喜んでもらえたならよかったです!」
「じゃあいたずらしますね」
「なんで?!」
「Trick but Treatって言ったでしょう。意味は『お菓子をくれても悪戯するぞ』です」
 やっと言葉の意味を知った彼は、えっえっと顔色を青や赤にコロコロ変える。器用だ。でも血流が心配になる。余計な心配をしながら、ロナルドさんの背後に回り、黒い両肩に手を添えた。
「えっ、なに、どっ、えっなに、え?」
「動かないでくださいね」
「は、はひ……」
 震える声に複雑な気持ちになった。そんな警戒されるようなことをするつもりはないんだけど……。私はなるべく密着しないように心掛けつつ、首元に手を回していき、揺れるリボンの先端を掴んだ。ゆっくり引いていくと、頭上から「えっ」という声が落ちてきたが、それを無視して最後まで引っ張り解く。留め具がなくなったことでマントが落ちかけるが、彼と私の間で引っ掛かり、地面まで落ちることはなかった。私はマントを抱き締めて回収し、一歩引いてロナルドさんから距離をとる。
「というわけで、いたずらです。このマントは貰いました、それではさようなら!」
「エッちょっ――」
 赤い顔を見られる前に走って追い越す。大胆なことをし過ぎてしまった。そんな長いことくっついていたわけでもないし、不快に思われることは恐らくないと思う、思いたい。そこまで仲が悪いわけでもないはずだから。祈るような気持ちでマントを抱き締める腕に力を込める。いたずらだって、このくらいなら可愛い程度なはず。だってすぐ返すもの。彼の事務所は私の家の通り道だった。袋に入れて扉に掛けておこう。これから買うお菓子と一緒に。




《オマケ》
「来ると思ってました」
 事務所の扉横で座り込んでいた彼に息を呑んで後退る。立ち上がったロナルドさんは、私の前まで来ると僅かに逡巡してから小さく口を開いた。
「Trick but Treat」
「う……、……こ、これ、どうぞ」
「あ、ありがとうございます」
 買ったばかりのお菓子を見て「うまそー」と嬉しそうにするロナルドさんにこれで満足してくれないかな、なんて都合のいいことを考える。
「……で、あの。いたずら、なんですけど」
 だめだった。そうだよなぁ、だめだよなぁ。思わず呻く私に、彼は慌てて「そんな変なことはしないです!」と言ってくれる。
「しないと思う、多分……そのはず……なんで、だからその……だめですか?」
「……いいですよ、私もしましたし」
「あ、あざす!」
 自分はよくて相手はダメ、なんて道理はない。私が項垂れながらも了承すると、ロナルドさんはいそいそと袋からマントを取り出して軽く羽織りだす。なにをするつもりだろうと見ていれば、彼はマントの内側を両手で掴み、気合を入れるようにぐっと少し顔に力を入れた。顔がまた赤い気がするのはなんでだろう。そんなことを考えていると、突然目の前が真っ暗になった。 頭の辺りにある重しが身動ぎを控えめに抑える。混乱しかけたが、ロナルドさんの熱や匂いを近くに感じ、そこでやっと抱き締められていることに気付いた。事実に硬直して数秒でパッと視界が明るくなり、彼が離れる。
「変なことしてすみませんでしたでもこれがいたずらってことで許してください!」
 真っ赤な顔で目をぎゅっとして謝る彼に放心する。こんなのいたずらになんてならない。だって、好きな人からの抱擁だ。しかしいたずらにはならなくとも、声がだせなくなるくらいに破壊力は抜群だった。

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