ポキポキポッキー


「ポッキーゲームしよ!」
「エッッッ?!?!!!」
 かわいい愛しの恋人からの、嬉々とした無邪気な提案に、俺はただ過剰に驚くだけで否定も肯定も返せなかった。なんて使えない口と脳だ。いや、大前提として俺が彼女の提案に異を唱えることはこの世が滅びようともありえないのでつまり実質賛成ってことではあるんですけれども。ていうかポッキーゲームって、あのあれ。イチャイチャしたい時にやるやつじゃん。ちゅーしたい時とか……なんていうか、もうラブラブな人達がやるやつ……えっそれをやるの? 俺たちが? 好きだ……。彼女から提案してくれたことに感動してちょっと涙でてきた。
 混乱を極める俺をよそに、彼女はいそいそと五十本入りの極細箱を開けている。あ、俺もそれ好き。やっぱり気が合う。好きだ。俺の視線に彼女は袋を破きかけた手を止め、「あ、こっちがいい?」とイチゴ味の箱を取り出した。それも美味いよな。棒がハート型でチョコもピンクで可愛いし。そんな可愛いものを可愛い恋人が持っている。宗教画かな? 心のアルバムに鍍金しとこ。
「普通の太さのもあるけど、どれが好き?」
「全部好きです」
「えへ、私も。両想いだね、なんちゃって」
「ウッッッッ」
 一瞬元から両想いじゃなかったのかなんてみみっちいところに思考がいってしまったが、最後の一言に全てを持ってかれた。いやなんちゃっての顔かわいすぎん? あぶね〜致命傷だった。これは何回でも恋に落ちる。毎秒両想いだ、なるほどな。
「ポッキーなんて久しぶりに買ったな〜」
「ソ、ソッカ」
 桃色の唇がチョコの方を咥えるのを、生唾を呑んで見守る。やべえ、緊張してきた。汗が、手が。汗臭くねえかな。過呼吸になりそう。鼻息でポッキー折ったらどうしよう。あらゆる意味でいやだ。……そういや俺『ポッキーゲームしよ♡』にちゃんと返事したっけ。……してねえ! あれ、あ、でもなんかしてくれそうだしセーフ……? ぐるぐる思考を巡らせてじっと彼女とポッキーを見つめる。ポキ、と名前に相応しい効果音が、彼女の口から聞こえた。俺はまだ咥えてないのに。
 あ、あ、あ、冗談。冗談! ホア〜〜〜クソチョロ童貞まじで死にてェ〜〜〜!! 殺してくれ〜〜〜!! 一瞬で全てを悟り体温が一気に上がる。俺がそんな唐突な希死念慮に襲われている間も、ポキポキ音が絶え間なく聞こえていた。鼓膜から拷問されてる気持ちだ。
 まあ、そうだよな。久しぶりに買ったものは普通に食いたいよな。分かる。美味しく戴けてもらってよかったな極細ポッキー。でもしばらくコンビニとかで見掛けたら睨むけどよろしくな……。は〜クソ、ちゅーしたかった……。俺の馬鹿野郎……。転がる箱を恨みがましく視線だけで燃やそうとしていると、クイクイと袖をひかれた。
「ん」
「…………へ?」
 プリッツ部分が、俺のすぐ口の前に差し出される。彼女の口から伸びるポッキーはもう半分以上無くなっていた。あと三口くらいでもう終わり、くらいの長さしかない。え、やるの? い、今から? コレで?! 彼女の瞳がゆるりと愉しげに垂れた。

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