手折る恋


※夢主が微妙に病んでます


 きみ、私のこと好きだろう。
 そう投げ掛けられた言葉には、なんの気負いも感じなかった。ただの確認。珈琲に角砂糖は二つだったよね、とでも聞くような、至って普通の気軽さで。
 そう、たしかに私はドラルクさんが好きだ。生まれて初めての恋。彼のおかげで夜の輝きや、身を焦がす狂おしいほどの激情も知った。だけどそれを彼に伝えようとは、少しも思ったことはなくて。それなのにバレバレだったのかと愕然として、息が止まった。
「……そうだよね?」
 あんまり長いこと黙りこくっていたものだから、やっと彼もおかしいなと思ったらしい。念押しする声は、先程よりかやや自信を失っていた。不安そうな揺れを聞いて、咄嗟に慰めたてしまいたくなる。なんと言ったらいいものかと迷いながら口を開いた。
「なぜそう思うんです、そんな――すきだなんて」
「え、いや……だってきみ、結構分かりやすいからね」
 分かりやすい! それを貴方が言うのかと、場違いにも少し笑いそうになる。彼が私のことを憎からず想ってくれているのは、恋愛初心者の私でも分かっていた。なぜなら彼は愛を注ぐことを惜しまない。そして私と違って、そこに隠し立てするような後ろめたさはないからだ。言葉で、態度で、仕草で。全身を満遍なく使って私を好きだと、臆面なく伝えてくれる。そんな分かりやすい――というか彼の場合敢えてなのだが――ドラルクさんから『分かりやすい』と言われ、なんだか肩の力が抜けた。
「そう思うのなら、どうして今更確認を?」
「……好きなのは充分伝わってきたけど、何を考えてるかまでは分からなかったから。私からの愛に瞳を潤ませて頬を染め、鼓動を走らせ、声音を軽やかにするくせに、決定的な言葉を舌に乗せ返したことは一度だってないだろう」
 視線を落とし、臍を曲げた子どものような様子を見せた彼に、ふむと考える。実質恋人みたいな判然としない関係になってからそれなりに経っている。お互い両想いと分かりきっているため、スリル満点の駆け引きがあるわけでもない。こんなおままごとのようなこの状況に飽きた――要はそういうことみたいだ。飽き性、というか享楽主義の彼にしてはもったほうだ。そのくらい、私との関係を大事にしてくれていたんだろう。
「そろそろ、ちゃんと確信が欲しいと思ってね。……我ながら女々しいとは思うが」
「女々しいとは思いません。でも無責任な言葉は言えませんから。なにせ私は貴方を置いて死にますし」
 彼は大きな白目をきょとんと見開かせ、暫し呆然と固まったのち、「なんだ」と表情を崩さず呟く。なんだ、そんなことか。私に向けたわけではない彼の独り言は、どこか安心したような音をしていた。
「死ななければいいじゃない」
 事も無げにポンと紡がれた言葉に、私は肯定も否定もせず、ただ薄らと微笑む。死にます、死ぬんです。私は吸血鬼には絶対ならないので。死の恐怖とは喪失。VRCの科学者がそう言っていたのだと、いつかボヤいていたのを聞いたことがある。「さっぱり分からない」と。「死のなにがそんなに怖いのやら……」つまらなげに肩を竦めた貴方は、舞い込んだ事実に喜び震える私に気付かなかった――貴方にとっての初めての死の恐怖になりたいと、強く思う私に。
 恐らくそれ以外に、私なんかが彼へ与えられるものはなにもないのだ。永くを生きた、そして生きていく彼に、他の『初めて』など与えようもあるはずがない。
 我々の間にはもはやなんの問題も障害もないと当たり前に思い込んでいる彼へ、こんな愚かな人間のエゴを、さて、どう伝えたものだろうか。哀しんで怒ることは、想像にかたくない。しかし私もこればかっかりは譲れなかった。だってきっと、サヨナラだけが初めて私の愛になるのだから。

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