嫉妬 ド視点


 束縛が嫌いな子なんだろうと思った。
 連絡は最低限。いつだって過度な干渉を避けた、気を張りつめた振る舞い。付き合った途端破竹の勢いで建設された分厚い壁に、最初の頃なんて『え、実は嫌われてる?』とか思ってしまった。なのに、かと思えば。私でさえ教えたことを忘れていた牛乳の好みを覚えているし、突然押し掛けても嫌な顔どころか、むしろ嬉しそうに瞳を輝かせて。ソファに並んで座るときは、じわじわとさりげなくを装って距離を詰めてきたり。な、なに? 自由気ままで奔放主義な猫ちゃんなの? ぐう、そういう振り回される感じ、正直嫌いじゃない。ありがとうございます。ありがとうございます……? まあありがとうございますでもいいか、別に。振り回してくれる相手があの子なら、全然異論はないですね。そういう意味では、たしかにありがとうございますなのかもしれない。
 控えめに寄せられる愛と、甘やかな期待。向けられるそれに気付く度、そのとんでもない愛らしさで私が死にそうになっているのを、多分、彼女は微塵も気付いていない。は〜罪深ァ〜! 恐ろしい子!
 とにかく、恋人がそんなクーデレさんなので。私もそれに相応しい対応を、と意識せざるを得なくなった。だって彼女が涼しげにしているその横で、私一人がだらしなく悶えているのは、なんていうか、ほら。あまりにも情けないし。ヒ、かっかわい〜! 好き! って、あからさまにし過ぎるのは、男としてちょっとカッコ悪い気がするじゃない? 気っていうか、確実にめちゃくちゃカッコ悪いと思う。あっ私IQ三百なのでそういうの分かっちゃうんですね。
 や、でも。でもだよ。
 彼女を横目に、内心で不貞腐れて、こっそり肩を竦める。私の愛し子は、B級クソ映画を私でも引くほど真剣に観ながら、溶けかけたマシュマロが残るココアを啜っていた。小さな口がマシュマロを食べてもごもご動いており、その様は小動物みたいでなんともかわいらしく……いや、じゃなくて。
 いくらスパダリウルトラインテリジェンスの低燃費っぴっぴっぴーなアルムの森のドラドラちゃんとて、流石に限界が近かった。男の沽券云々の前に、まず私は高等吸血鬼――いや、“古”の吸血鬼なのだ。靴下一つなくすだけで不安で堪らなくなるんだぞ。それなのに、愛しい可愛い私の大事な子が、どこで誰となにをしているか、ほとんど把握出来ていないなんて! 毎朝寝る前、棺桶の中で今日の夜は空いてるのかな、とか、また先約があるのかな、恋人を差し置いて――なんて、女々しく惨めなことを考え、不安や寂しさで砂になるのは、もうそろそろうんざりだ。
 幾ら口数少なく秘密主義であろうとも、彼女が私のことを好きなのはしっかり伝わっている。それこそ文字通り死にそうになるほど。だからもう一歩。もうちょっっっとだけでいいから、寄りかかってくれるようにはなってもらえないものか。いやうそ、ちょっとじゃいやだ。もっとがっつり凭れてきてほしい。恋人だという自覚を私にもっと分かりやすく持たせてほしいし、この子にも持ってほしい。私がきみを独占したいと思うだけ、この子にも私のことを独占したいと思ってほしい。
 なんてぐるぐる考えていたら、クソ映画はあっという間に終わった。どう彼女を陥落させるかということと、私の恋人ほんときゃわ〜ということに思考を支配されていたので、全然観ていなかった。ま、私は一度観たことあるやつだしね。よいしょと立ち上がる。さて、今日の夕飯はなんにするか。最近はグッと冷え込んできたし、芯から温まるものがいいだろう。冷蔵庫には豚肉、使いかけのネギ、豆腐……ふむ、生姜をきかせた餡掛けなんかいいんじゃない? デザートは買ってきた苺を使って……そんなふうに手早く献立を組み立てながら、専用のエプロンを身に付ける。
「――あ、すみません、今日夕飯は要らないです。これから友達に数合わせを頼まれて合コンに行くので」
「は?」
 取り繕う間もなく低い声が零れた。
 ちょっとこれは、本格的に“お話し合い”しなければならないようだ。

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