白昼夢


 怪我をした味方や動物がいないか、または敵の残党が残っていないか。ホグワーツの戦いのすぐあと、比較的負傷の少なかった私や他の魔法使いはそういった目的で禁じられた森を散策していた。
 一人周囲を注意深く観察しながら歩き、そういえば『例のあの人』一派はここで待機してたんだっけと思い出す。昼間であってもこの森はこんなにおどろおどろしいというのによくもまあ……。理解できないなと肩を竦めたところで、不意に地面でキラリとなにかが煌めいた。枯葉を分けて拾ってみると、立方体の石だった。地面に埋もれかけていたのに不思議なことに土汚れがほとんど無い。黒曜石のように艶やかな光沢のそれを手のひらの上でコロコロと転がした、次の瞬間。なんの気配もなかったはずなのに、突然すぐ目の前で名前を呼ばれ、慌てて杖を構えて顔を上げ、心臓が止まる。
「セド、リック……?」
 私の震え声に、目の前に立つ三年前に死んだはずの恋人は、肯定するようにやんわり微笑んだ。
「そ、そんなはずない、だってあなたは……」
 死んでしまったじゃない、と口にしかけて、彼の足元に影がないことに気がつく。……ゴーストなのだろうか。しかし私の思考を読んだように、「ゴーストではないよ」という声が鼓膜を揺らした。記憶のままの懐かしい声に愕然とする。もう二度と聴けないと思っていたのに。
「その石のおかげで一時的に現れることができたんだ」
「一時的……?」
「ああ。僕はもう死んでいるし、ゴーストでもないから……ずっと一緒にはいられない」
 ごめんね、と謝る声を聞きたくなくて頭を振る。いやだ、どうして! せっかく逢えたのにまた別れなきゃいけないなんて、そんなのあんまりだ。だったら、この際もういっそ……。絶望した心が、閉じ込めていた想いの蓋をこじ開けるのを感じる。それは彼がいなくなって三年、ずっと胸の奥底にしまい込んでいた禁忌だった。いけないことだと分かっていたし、そんなことをすれば彼はきっと哀しむだろうと、思って耐えていた。なけなしの理性を働かせて。
「だいじょうぶよ、セドリック。あなたが消えてしまうというなら、私が会いにいくだけだから」
 でもだめだ、我慢できない。だって目の前にいるのに。もっと、ずっと一緒にいたい。もう彼のいない世界でなんか生きたくない。やめろと叫ぶ彼を無視して、首元に杖を向ける。セドがいないなら、私はこの世にもう未練なんて──。
「ステューピファイ!」
 ◆
 ふと瞼を開くと、懐かしい母校の医務室の天井が映った。心配顔のハリーやハーマイオニーに見守られる中、なぜなズキズキ痛む頭を抑えてゆっくり起き上がる。
「私、どうしてここにいるのかしら」
 そう呟くと、二人は目を見開いて顔を見合せた。戦いが終わって、たしか……私、なにをしようとしたんだっけ。ハーマイオニーが「倒れてたのよ」と教えてくれる。
「その……校舎の入口で」
「きっと疲れてたんだよ」
「そう……なにか、夢を見ていた気がするわ」
「どんな夢?」
 ハリーが急き込んで聞いてくるが、分からないと首を横に振る。よく覚えていなかった。
「ただ、とても苦しい夢だったと思う」
 それこそ、死んだほうが本望だと思ってしまうくらいに。

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