私でよければ


※下ネタ多い 女性攻め的表現あり


「おーはよっ」
「おはようございます、前立腺開発したい」
「……は?」
「え?! な、ちが、じゃなくて、尿道攻めも気になる!」
「は?」
 私が起きてきたことにも気付かないで、携帯ばかりに熱中していることへの、腹いせというか、かわいい悪戯のつもりだった。私がこの子に自身の催眠をかけた回数は、そう多くはない。けれど、どうせ出逢った当初と大差ない拙いY談に違いないだろうと、特に面白みを期待して光らせたわけではなかったのだ。全く予想していなかったせいか、自分で思っていた以上の低い声に、彼女が慌てた様子で携帯の画面――男同士が体液を飛び散らせてまぐわっているイラストを突き付けてくる。ああ、そういう……いや、そういうでもないな。いつの間にこの子、そっち路線もいけるように。
「浮気じゃない、NTRよりいちゃラブが好き! みるけど!」
「見るんだ」
「見ますよ、だってNTRのどろっどろ具合すごいドスケベあああああ!」
 一人で身悶えして絶叫するその姿に、やっと感情が追いついてくる。ひく、と徐に吊り上がっていく口を、自分の意思で止めることは不可能だった。だってなにせ、私は吸血鬼Y談おじさんなので。
「ドライで困惑するユダさんをヨシヨシしながらもっと気持ちよくさせてあげたい! 上気して赤くなった皮膚の薄い鎖骨に噛み付きたい!」
「ブ、ワハ、ハッハァ?! きみ、きみ、なかなかやるじゃないか!」
「ウエーンむかつくめちゃくちゃにして解らせたいよォ! 光あれ! ってしに行くユダさんに遠隔玩具つけて人前で気持ちよくさせたいよォ!!」
 笑い袋のように一気に弾けて爆発した私に、彼女が泣きながら欲望を吐露していく。
「ヒ、ヒヒ、これ、これはつよい、ケンくんにも負けないかも……」
「着衣の乱れは一切ないのに一皮むけばべっちゃべちゃなのがいい……!」
 喋らなきゃいいものを、おばかで愛らしい恋人は、やめてくださいと必死な副音声を添えて、桃色の唇を忙しなく動かす。およそ淑女の口から紡がれているとは思えない言葉がとめどなく吐き出されていく。
 一頻り笑い、はあ、と大きく息を吐きだす。寝起きにすごく疲れた。笑いすぎて死ぬかと思った。
「笑った笑った。い〜いY談だったね」
「笑いすぎの涙で潤んだ流し目をやめろ! 誘ってるんですか?!」
「あー……ウン」
 へ、と間抜けな、Y談にすら昇華されない音が零れる。
「私で良ければ付き合うよ?」
「……は? なにを? めちゃくちゃにされるのを?」
「うん」
「えっちだ?!」
 いいの?! と彼女は驚愕と欲を滲ませて叫んだ。
「うん、面白そうだし」
「ヒ、余裕……! 快楽堕ちさせたい……」
「ン、ふ、ふふ……でもね」
 笑いをなんとか腹の奥へと押し込めて、彼女のおとがいに人差し指の先を添える。きょとんとした、表情だけは無垢な顔がこちらを向いた。先程までの羞恥の名残もあり、その瞳にはうっすらと水膜が張られている。
「めちゃくちゃにしたいなら、めちゃくちゃにされる覚悟のほうも忘れずにね」
 顔をさらに近付けて、吐息だけでひっそりそう告げれば、彼女は一瞬にしてその顔を、おでこのてっぺんまで赤く染め上げる。わなわなと全身を震えさせるその様に、まるでポイの上の金魚のようだと思った。過剰すぎる反応に、自身の口角がまま高く上がっていくのが分かる。ああ、笑いすぎてそろそろ頬の筋肉がつりそうだ。まったく、言葉だけでこーんな反応しちゃって、なんとマア。かわいらしいこと。なにを想像したのやら。是非教えてもらいたいものだよ。もうひとピカッと景気よくいっちゃおうかな。
「ゆ、ユダさ――」
「……まあ、もうすでに性癖はめちゃくちゃになってそうだけどね!」
 けれどそんな欲求をグッと耐え、私はパッと顎から手を離して笑った。あんまりからかい過ぎても、アレだし。あのー……あれ、ほら。引き際を見誤ると、本気で怒らせてしまうかもしれないしね。そうなると色々面倒だから。新たな性癖が発覚した恋人を、下手に怒らせたくはない。そんな私の思惑を知ってか知らずか、彼女は眉を歪め、静かに俯いた。
「……そ、そういう」
「ン?」
 掠れ声が絞り出されたので首を傾げる。流れる髪で彼女の顔はよく見えなくて、なんだか無性に落ち着かない。「なあに」顔をあげてはくれないかという気持ちで、努めてやさしく尋ねた。期待が通じたのか、躊躇いがちながらも頭が持ち上がる。へにゃりと眉が垂れていたが、泣いてこそいなくて、ほうっと胸を撫で下ろした。しかし心なしか、先程よりもさらに茹で上がった相貌をている。
「ユダさんのそういう、色気たっぷりおねーさんでずるいオジサンなとこ、正直えっちでいっぱいすき」
「……ハ」
「めちゃくちゃにしたいし、さ、されたい……あ、あなた“が”いい、です」
「――ダハハハハハ!」
 怖気付いたのかと思えば、この子ときたら! 笑いが止まらない。一瞬でも気を遣った私がバカみたいじゃないか? いや、マ、別にこの際バカでも構わないがね。
「きみ、吸血鬼向いてるよ」
「うう……長くて赤い舌で口いっぱいにして……」
 消え入りそうな声にまた喉を鳴らす。ところで、催眠はもうきれてるはずなんだけど。指摘してあげるか、黙っててあげるか。どちらがより面白そうかは、キスをしながら考えるとしよう。

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