退治ハイ


 あ、ロナルドくんだ。
 仕事帰り、街がなにか騒がしいなと思っていれば、騒ぎの中心に恋人の姿を見つけた。その周囲には、ドラルクさんや他の退治人さん、吸対の人たちも揃っている。ただの退治にしては随分な人数だ。怪我をしているふうの人もちらほらいるようだし、どうやらかなり激闘だったらしい。その証のように、ロナルドくんのトレードマークである帽子も、輪から少し離れた場所にぺしゃっと寂しく放置されていた。私はそれを拾って、汚れを落とすようにそっとはたき、潰れた頭部を戻しながら、持ち主を見遣る。ロナルドくんは大丈夫なのかな。怪我してないかな。
 確認がてら声をかけようと彼らの方へ足を進め、数歩でサテツさんが私に気付く。軽く会釈をした彼は、ロナルドくんへと声をかける素振りをみせた。吸対の制服の人と熱心に話をしていたロナルドくんは、パッと顔を上げ、急きこんで首を回し、やがて私を捉えた。彼の持つ青い瞳は、遠目からでも力強く輝いていて、その妙な迫力に息を呑む。なんとなくその場で固まっていると、彼がカツカツと大股で歩み寄ってきた。
「ロナルドくん――」
「ちょっと来て」
 なにかを押し殺したような、有無を言わせない声音。険しい表情のロナルドくんは、そんな調子で言葉を被せられて戸惑う私の腕をとった。みるみるうちに離れていく喧騒を背後に、必死で足を動かす。私を引っ張っていく彼の迷いない足取りについていくのが精一杯で、何事か問い掛けることもできない。下手すると舌噛んじゃいそう。
 そこそこの距離を歩き、そうして連れていかれたのは人気のない路地裏だった。少し上がった呼吸を整えながら、ロナルドくんを伺う。彼の顔は、影が深く落ちているせいではっきりしない。しかし固く噛み締められた唇が、今の彼が穏やかな心持ちでないことを雄弁に伝えていた。
 怒っている? どうして? 私、なにかしたっけ。初めて見る恋人の様子にどうしたらいいのか分からず、怯えを抑え込むために帽子を握り締める。あ、皺になる、もっと怒らせてしまうかも――。
「ごめん」
 絞りだされた低い謝罪とともに、形のいい眉を苦しげにひそめた、切羽詰まったような顔が近付いてくる。なにがと聞くために薄く開けていた口に、熱をもった唇が押し付けられた。反射で口に力が入り、身体を引きかける。が、両肩を掴んで動きを制された。ロナルドくんの荒い鼻息が頬を掠める。固く瞑られた目元には、赤い血が滲んでいた。
 ぎゅうぎゅうと、角度を変え荒々しく何度も呼吸を呑み込まれる。時折、催促するみたいに唇を柔く食まれた。困惑の中抱くのは、擽ったさと――それから、僅かな期待。恐る恐る口を開けば、間を置かず厚い舌が入りこんでくる。待ち構えていたかのような性急さを伴う動きに恥ずかしくなるやら、おかしくなるやら。彼と恋人になってそれなりに経つが、こういうキスはまだ数える程しかしていない。外なのに。というか、こんな突然どうしたんだろう。しかしそんな冷静な思考も、口内を拙く、けれどくまなくまさぐる熱によって、グズグズに溶かされていく。
 鼻から抜けるような呼吸音や、街の喧騒にこっそり混じる水音。長いキスに、とうとう足の力が抜けかける。後ろに下がった踵が小石かなにかを蹴ったのか、足元からカツンと音がした。ビクッと震えたロナルドくんが、ハッと銀の睫毛を持ち上げる。
「ッ、あ――! ごめ、ア、お、おれ……!」
 肩で息をする私に、彼は顔を真っ青にさせた。と思えば瞬く間に赤くしたり。忙しい。いつも通りに戻ったロナルドくんに小さな安堵を抱いて笑いながら、私はちょっと皺になってしまった帽子を銀の頭へと被せてやった。流れで頭を挟むように両手でつばを掴み、遠ざかってしまった顔を引き寄せる。慌てふためいたロナルドくんが抵抗なく落ちてくる。私はタイミングを合わせて、踵を上げた。だって、やられっぱなしなんてフェアじゃないでしょう。

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