結局二人で行った


「なあ、東京タワー行こ」
「絶対やだ」
 硝子も夏油も任務でいない、二人っきりの教室。なんの脈絡もない誘いを、顔も見ずに携帯を弄りながら即答した。どうせあっちだって私を見てないだろう。「はー?」不機嫌がたっぷり織り交ぜられた軽薄な声がする。
「少しは悩めよ。つか携帯やめろや」
「今魚釣ってるから無理」
「水族館嫌いなくせに。……あ」
 私が嫌がっている理由に気が付いたらしく、五条が間の抜けた声を上げた。そう、私は水族館が苦手だ。水中トンネルのガラスが突然壊れて水の中に放り込まれたらどうしようとか、鮫の水槽が突然割れたら、とか考えてしまう。だから同じ理由でタワーとか展望台とかはあまり好きじゃない。ああいうとこってなぜか床がガラス張りになってるから。
「怖がりちゃんだな〜」
 揶揄する声にムカついて魚を逃がしてしまった。顔を見なくてもニヤニヤしてるのが分かる。ほんとうにくそ。クズめ。
「もし壊れても守ってやるから、このさいきょーの五条さまがさぁ」
 暗くなった画面をむっつり見つめていれば、「俺、飛べるし。お前一人くらいなら抱えてやってもいいよ、重そうだけど」と続けられた。余計なことばっか言う割に、やけに食い下がるなと横目で見ると、椅子の背中が視界に映る。椅子を行儀悪く跨いで座り、背もたれに組んだ腕を乗せていた五条が「あ、やっとこっち見た」と嬉しそうに笑った。
「人と話す時はちゃんと顔見ろよな」
「……分かった」
「ん?」
「東京タワー、四人なら行ってもいい。……水族館でもいいけど」
 私の言葉に五条は目を瞬かせ、アクアマリンのような瞳をキラキラさせる。やがてパッとそのかんばせを華やかに綻ばせた。
「二人なわけねーじゃん、自意識過剰すぎだろ、キショ」
「ぜっっってー行かねーからなお前もう一人で行け」

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