バニーバニー


「最近会いに来てくれないよね」
 詰る声に、つい、だってという言い訳が口をついてでる。だって、忙しかったんだもの。私だって会いたかったけれど、でも元々の生活スタイルが違うのだから、仕方ない時期というのもあるだろう。それでも毎日RIMEはしてるし、連絡はとれてるじゃないか。……まあ、それだって即レスとはいかないけれど。
 言い訳を並べ立てる私に、ドラルクさんは、ハーアとわざとらしい溜息を吐いた。
「ねえ、知ってる?」
 小憎たらしい豆の柴みたいなことを言いながら、ドラルクさんはこてんと首を傾けた。白いふわふわの長い耳が動きに合わせて揺れ、自然と視線が吸い寄せられる。人間は、揺れるものに弱い。どこかで聞いた。
「ウサギは寂しいと死んじゃうんだよ」
「それ、迷信ですよ」
「……ツレないなぁ」
「そもそもドラルクさんは寂しいとか関係なく死ぬじゃないですか」
 私の言葉に、彼はつまらなそうに鼻を鳴らした。細い足を組み替え、なにかを思案するように人差し指の先で自身の唇をむにむにと弄る。暇を持て余した子どもみたいな仕草は、普段の彼と較べると些か幼稚で、行儀が悪い。それなのにどうしてか蠱惑的に見え、目が離せなかった。
「じゃあ、これは知ってるかな」
 二百歳児の顔がパッと無邪気に華やぐ。細まった瞳が、心底愉快げにとろりと垂れた。
「ウサギは年中発情期ってこと」
「それは――」
 あれ、ほんとうなんだっけ。これも都市伝説だったっけ。ぼんやり思考に耽っていれば、不意にト、と胸の辺りで圧迫感が。顎を引けば、視界には、胸の中心に突き立てられた赤い爪が映り込んだ。いつの間に素足になったのだろう。そう考えている間に、それはどんどん近付いてくる。そうしてツーッと体の線をなぞって上がってきた爪先は、やがてくいと私の顎を持ち上げた。彼の口角が高く上がり、かわいいウサギには似つかわしくない、捕食者の歯がぎらりと光る。
「迷信かどうか、たしかめてみる?」
 ⿴⿻⿸
「エッ淫夢?!!!?!」
 叫びながら飛び起きた。ま、真冬の夜の淫夢……。なんてものを。欲求不満だったのか、私。
 とりあえず今日は、絶対彼に会いに行こう。どれだけ疲れていたとしても。
 ◆
「忙しいんじゃなかったの?」
 仕事帰り、事務所へ突撃すれば、ドラルクさんは開口一番に訝しげにそう言った。会えて嬉しいけどさ、と律儀に付け足してくれるドラルクさんに「忙しいことには忙しいんですけど」と笑顔を返す。
「でも、誰かさんが寂しくて死んでるんじゃないかと思いまして」
「……、……あー、そう。そーですか! そりゃお気遣いどーも!」
 ドラルクさんは顔に朱を滲ませ、眉をキッと吊り上げながらも、私の言葉を否定はしなかった。そのことを嬉しく、愛おしく思うと同時に一抹の罪悪感を抱く。……淫夢を見たからなんて言えないよなぁ。
「あ」
 ふと思い出したように、彼がぽつりと呟いた。ちょっと待ってて、と事務所の奥へ消えていく。少ししてから戻ってきた彼は、どこかで見たような、バーテンみたいな格好をしていた。その頭には、これまた見覚えのある白いふわふわの長い耳。
「ねえ、知ってる?」
 口角が、高く上がった。

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