鬼は外、福はここ


「だぁれがきみのようなちんちくりんを恋人になぞするか!」
 なんの流れでそんな話になったかは覚えてないが、ドラルクさんが鬱陶しげに口を歪める。いつもなら流せるはずの言葉が、今日はなぜか心の柔らかいところにさっくり刺さった。息が出来なくなるほどショックを受けている自分が我ながら不思議で、自然と口が結ばれる。ドラルクさんが怪訝そうに眉をひそめ、私を覗き込んだ。
「……どうしたの?」
 彼だって、私がウエーンと情けない泣き真似をして、何事も無かったかのように立ち直ると思って、軽い気持ちで言い放ったはずだ。だってそれがいつもの流れだから。それなのに今日の私は、未だむっつりと押し黙って空気を重たくしている。おかしく思われて当然だった。だからこの『どうしたの』は、純粋な心配からの『どうしたの』だ。気遣いに満ちた心優しい高等吸血鬼様。
「いえ、なんでもないです」
 にも関わらず、いつもと違って感激できない。どころか胸にはモヤモヤとした気持ちが渦巻いている始末。どうしたのって、そんななんか、他人事のように。そんな反発心を隠せず、返した声は固いものになってしまった。ドラルクさんがぎくりとしたように顔を強ばらせる。
「な、なに? ほんとになにか――」
「ないです、なにも。ところでもう帰ったらどうですか」
 普段は私が事務所に遊びに行っているが、今日はドラルクさんがうちに来て恵方巻きを作ってくれるという約束をしていた。つまりここは我が家。一人になりたくとも、彼がいる限り無理だった。立ち上がり、背後に回って彼の薄い背をグイグイ押す。
「え、え、ちょっと、あの……ええ?!」
 非力で軽い人なので、押すのは楽だった。むしゃくしゃしているため、私の力が強いというのもあるかもしれない。労することなくドラルクさんを玄関の外まで連れていくことができた。
「それじゃ、今日はありがとうございました。気を付けてお帰りください」
「ちょっ――」
 おやすみなさい、と顔を見ずに扉を閉める――閉めようとした。引っ掛かりを感じて足元を見れば、革靴だけが挟まっている。挟んだ際の衝撃から素早く生き返ったドラルクさんは、ガッと扉を掴んだ。隙間から覗く必死の形相の彼にちょっと引く。
「うわ顔こわ……」
「ファー?! きみが急に締め出そうとするからだろうが! 追い出されたら私もう入れないんですけど?!」
「なにか問題ありますか」
 ないだろう。淡々と問えば、ドラルクさんは臆したようにグッと顎を引く。しばらく口をわなわなとさせて迷った末、「あるよ」と絞り出した。
「そんな泣きそうな顔のきみを一人にはできんよ」
「は……あっ」
 咄嗟に顔に手をあて、つい扉から手を離してしまった。たちまちパッと開け放たれた扉をぼんやりと目で追う。けれどそれも、一歩近付いてきたドラルクさんによって視界は遮られた。
「ねえ、どうしたの?」
「な、にも」
 本当になにもない、なかったはずだ。私がなぜか今日はちょっと調子が悪くて、勝手に傷付いているだけで。もっとはっきり言わなければ、
「私のせい?」
 瞬き。少し考えて、ゆっくりと首を横に振る。しかしドラルクさんは眉尻を落とした。
「……ごめん。調子に乗りました。言っていいことと悪いことがあったよね」
 ごめん、ともう一度繰り返される。「いえ」そろそろと伸びてきた手を、顔を背けて避けた。
「ドラルクさんは謝るようなことしてないです。本当のことを言っただけですし」
「ウッ」
「私がちんちくりんなのは事実ですし、そもそもドラルクさんが私をそういう対象としてみていないことはずっと前から何度も伺っていましたし」
「ヴァッ」
「変に傷付いた私がおかしかったんです。本当、今更ですよね。もう何回もフラれてるし脈がなくて、一生恋人になんてしてもらえないんだろうなってことは分かってたのに」
「グエッ……っそのへんで! もうそのへんで!」
 形成された砂山に目を眇める。もたもた蘇りながら、ドラルクさんはか細い息をながーく吐き出した。
「……あの……ちがうんです……」
「はい?」
「さっきのは、その……つい言い過ぎたというか……あの、アー……あの――あの……決してほ、本心だったとかでは、その、な……なくて、ですね」
「……はい?」
 そこまで見え透いた気を遣わなくてもいいのに。むしろ虚しくなるからやめてほしい。胡乱に睨むと、彼はまた砂になったが、今回はすぐに再生した。低く唸りながら、ちらりと上目遣いで私を窺う。
「だ、だから……だから――えっと……あのね……」
 歯切れ悪く言葉を重ねる彼の顔には、大量の汗が滲んでいる。どうしてか、今や彼の方が泣きそうな顔をしていた。
「…………とりあえず、一旦家にいれてくれませんか」
 寒くて死にそうなので、と消え入りそうな声で呟かれる。帰ればいいじゃん。
「……分かりました」
 と思ったけれど、溜息と一緒に了承する。まだ心のモヤが完全に晴れたわけではない。けれど、ちょっと話し合いが必要な気がした。なにより、私も寒くなってきたし。
 彼を再び室内へと招き入れ、今度こそ扉を閉めた。

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