『異世界に 来てしまったものは 仕方ない』

と割り切れれば良かったが、生憎と諦めが悪かった。
しかし、手立てなんて見つからずに鬱屈とした日々を過ごしていた。

そんな時に目についたのが、中古で売ってた安いギターだ。
学生時代の部活動以来だったが、一応バンドを組んでいたこともあったので弾けることは弾けた。
弾きながら歌うのは難しくて、だけど寂しさをまぎらわすように歌っていた。
元の世界の歌を何度も、何度も。

趣味で歌い続ける内に、一つ閃いたことがあった。


もし、もしも、この世界に私と同じように来た人がいたら?
この歌を聞いたら、私と同じ世界から来たってわかるんじゃないかって。


そう思って街頭で歌い続けて ―――― 1年。

今日こそは、『この歌ってあのドラマで流行った主題歌だよね』とか、『◎◎って歌手の歌だったよね』とか声をかけてくれる人がいるかもしれない。もしかしたら、を願って歌い続けたけれど、そんな人は現れなかった。


そうやって過ごす内に私は私の気持ちや元の世界の事への折り合いがつけられるようになっていった。




「来週でもう此処で歌うの、終わりにしようと思ってるんです」


ええ〜、勿体ないと口々に云ってくれるお姉さん達に苦笑を返す。

1年以上此処で歌い続けていたので、逆にこの世界での知り合いが多くなった。
特に歌っている場所は繁華街も近いので、夜のお仕事へ出勤中のお姉さん方も多く、その人たちとはかなり親しくなっていた。
派手できつそうな印象が強いが、話してみると流石会話のプロ、気さくで話しやすい人が多かった。



「プロからのお誘いもあったんでしょう?
 もしかしてデビューするの?」
まだ一番年若いお姉さんがキラキラした目で問いかける。


「たしかにそういうのもありましたけど、全部お断りしているんです」
だってメジャーになってしまったら、きっと元の世界の人だって判断して話せない。それも無駄になってしまったけど。


「実は……私、その、探している人がいて、その人を見つける為に歌っていたんです。
でも、もう見込みがなさそうなので……諦めようかなって」


一様にびっくりしたように「もっと早く云ってくれれば私達も協力したのに」と意気込んで云われる。

「その人の特徴とか分からないの?」
リーダー格のお姉さんがきりこんで質問してくる。面倒見が良くてここら辺の事をよく教えてくれた人だ。



「いえ、私も昔に会ったきりで、……朧げだったので。
私の歌を聴いてくれたら思い出して声をかけてくれるかなって」
夢みたいなこと思ってたんです、と真実を誤魔化すように笑う。

お姉さん達は察したかのように少し黙り、次の曲のリクエストをしてくれた。
私が一年以上歌い続けられたのは彼女達のおかげだ。此処でこの世界の人達の優しさを私は身に染みてわかったのだ。

来週は此処に通ってきてくれた人達の為に歌いたい。



※※※



「みょうじなまえ」

「……はい?」

帰る準備をしている処に、いきなりフルネームで呼ばれたことに驚く。
私は此処であまり名乗ったことなどないはずなのだが、お姉さん達との会話を聞いていたのだろうか。


声をかけてきた彼は、休憩時間が重なるのか、よくこの時間帯に聴いていってくれる人だ。

一目で堅気ではなさそうだと思っていたが、お姉さん達の情報では、ポートマフィア、らしい。前にこっそりと、あまり深くかかわらない方が良い相手として教えてくれた。

「文句なしに格好良いから遊び相手の子もレベル高いのよね」と残念そうに云っていた通り(背丈以外と毒づいてもいたが)、たしかに遊び相手もすごい綺麗な人なんだろうな、と納得する容貌だ。





「もう、歌うのはやめるのか?」

「え、……ええ、来週までで、もう此処で歌ったりはしない予定です」

そうか、と呟いてお兄さんは黙り込む。
一体なんだと思いつつ、会話をしたことはないが、いつも来てくれていた人なので、大人しく次の言葉を待つ。



ちっ、と突然大きく響く舌打ちに思わず、びくりと震える。


顔見知りなので安心していたが、彼はポートマフィアだ。何か気に障ることをしたのかと不安が過ぎる。


「あー……、今度、食事に、いや、違う」


「くそっ、何云ってんだ、俺」と呟くと懐から手帳を取り出し、何かを書きつける。
そのページをちぎって折りたたむと、私の手に乱暴に握りこまさせた。


「これ、時間がある時に連絡してくれ。……待ってるからな」

「えっ、あ、あの、これは……」


足早に去っていくお兄さんに声を掛けるが、振り向かずに行ってしまう。
折りたたまれた紙を恐る恐る開くと、そこに書かれた名前と携帯番号らしきものに瞠目する。
これは所謂ナンパというやつなのか。いや、遊び相手でもレベル高いと名高い人だ。それはない。

ということは――
お姉さん達に云われたポートマフィア関連のヤバイ話が頭の中をグルグルと駆け巡る。


「………これってもしかして死亡フラグ?」


茶化して云ってみるが、現実味に顔の血の気が一気に引いた。
此処には一生来ないことを誓ってこのままトンズラ出来ないだろうか。

願わくはお兄さんと来週顔を合わせることがありませんように。



誰も知らないアワーソング
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