※ストーカー表現がございますので苦手な方はご注意ください。




「………またですか」


「え?何が?それよりも今日の夕飯はなんだい?」


「………肉豆腐です」

それはいいね、と笑顔を向ける太宰さんは今日もうちでご飯を食べていく心算なんだろう。
大きな溜息を吐きながらも、最初の頃のように力づくで追い出そうとしない自分も悪いとはわかっている。
わかってはいるが、追い出しても徒労に終わることもわかっているので、もはや諦めに近い。




事の起こりは数か月前、ストーカーに刺されそうになったことからはじまった。


そもそもこの世界に来てからというもの、私の何処が良いのか、ストーカー被害に遭い続けていた。
元の世界ではテレビやドラマの中だけの出来事と認識していたものが、現実に自分に降りかかってきたのだ。
当初は動揺も恐怖もしたし、この世界の警察に泣きついてばかりいた。
が、―――― 立て続けに起こり過ぎると人間とは慣れてしまうものである。

被害件数が10件を超えたあたりから、慌てず騒がず冷静に対処できるようになっていた。
もう大量の隠し撮り写真を送り付けられてもチベットスナギツネのような顔しか出来ない。


恐怖心が明らかに麻痺している。

――――― それがいけなかった。


夜道を待ち伏せしていたその頃のストーカーはいきなり私をナイフで刺そうとした。

まさにストーカーがナイフを振り上げ、私に突き刺そうとしたその時、太宰さんは突然現れ
 ――― 正確には私の前に躍り出た。
当然そんなことをすれば、ナイフは彼に突き刺さった。


自分を庇って他人が刺されたのだ。気が気ではなかった。
彼が意識を取り戻すまで、ずっと病院で付き添っていたのだが、ようやっと目覚めた彼の第一声は

「嗚呼、また死ねなかった」

一瞬、何を云っているのか理解できなかった。その後、よくよく聞いてみると彼は自殺嗜癖らしく今回もそれの一環のようだった。心臓に悪いご趣味はやめてほしい。切実に。



それからというもの太宰さんは「君を守りたいんだ」などと云って、私のストーカーによる自殺(他殺)を試みているようだ。


帰るとこうして私の部屋で勝手にくつろいでいたり、私の行動や予定、郵便物をチェックしていたり、ご近所への挨拶まで欠かしていない。入室を許可した覚えも鍵を渡した事すらないのだが。


もう立派な新手のストーカーである。
―――― 如何してこうなった。


そうは思っても、太宰さんは私の命の恩人だ。

あの時、たしかにこの世界で死を覚悟した私を助けたのはまぎれもない彼だけだ。
仮令、自殺しようとしていたにしろ他人を庇うことなんて普通は出来ない。

それに彼は常々痛い死に方は嫌だと云っている。
それなのに、私を庇って確実に痛いナイフに刺されたのだ。

赤の他人でしかない私を、この世界でひとりぼっちの私を

―――― 今も守ろうとしてくれる彼を私は拒絶できないでいる。




□■□■□■



目覚めるとそこには見知らぬ女性が一人、唯々私の目覚めを待っていた。

誰もいない病室で目が覚めるのが当たり前の私にとってその光景は夢の延長のように思えた。


事件に遭ってから私が目覚めるまで半日以上、彼女はずっと私に付き添って看ていたらしい。
看護師たちが自分たちが看ているから休めと云っても頑なに譲らなかったそうだ。


「……っ!大丈夫ですか!
何処か痛む処は!?じゃないナースコール!早く先生たちを呼ばなくちゃ!」

「もうすぐ、もうすぐっ、先生たちが来ますから、気をしっかりもってください!」

「…よっ、よかった。……っ、無事で、本当によかった」


私の手を握り締めて、嗚咽まじりに響く声が心地よかった。

焦燥と疲労が色濃くでている彼女の顔色はお世辞にも良いとは云えなかったが、その涙も、表情も、今迄見てきた何より眩しかった。

赤の他人が生きている事を心底喜んでいる。
それには打算なんてものが全くもって見当たらなかった。

私が刺された目的を話しても、呆気にはとられていたが、その感情には陰りがなかった。
普通は何処かで安心した顔になるのだ。自分の所為ではなかったと。誰しもそういった面がある。
赤の他人に対して重い責任など負いたくもないだろう。



何処か歪んだ輩はなまえのそういった処を嗅ぎ取るのかもしれない。私と同じように。


私のしている事は今迄の輩と大差ない。彼女に悟らせないようにしている処が多い分、余計に性質が悪いだろう。
けれど、誰にも譲れないし、傷つけさせはしない。

上手く許容の線引きを見極めれば、彼女の懐に入り込むのは容易かった。
自分の所為で怪我をした私に引け目を感じている彼女は、今以上に強く私の事を拒絶は出来ない。



「太宰さん、夕食の副菜、何か希望あります?」

「あっ、それじゃあ、先週つくってくれたのがいいなあ」

「もう、またそれですか」

しょうがないですね、と呟きながら
だんだんと私に甘くなっていくなまえにそっとほくそ笑む。

彼女にたかる害虫の駆除は面倒だが、全く苦にはならない。

なまえの笑顔も涙も、その輝く感情の全ては
―――― 彼女の光は私だけのものだ。



光に焦がれたのは君のせい
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