「あはは、……まさかこんなヘマするなんてなあ」
ゴホッゴホッと咳をすれば血の味が口内に広がった。手枷がついた状態ではぬぐうことも出来ず床に血が滴り落ちる。
それを見て思い起こすのはこの世界で一緒に育った幼馴染だった。
この地獄のような世界に転生した私が生まれたのは貧困街 ――― この世の最底辺だ。
幼い頃は唯々恐ろしく元の世界を想っては泣いていた。親の庇護もない中で拠り所だったのは、同じ境遇の子供達だけだった。
とは云っても厳しい環境で生き残ったのは、私と幼馴染の兄妹だけだ。
――― それも明日の朝には私は死んで兄妹だけになるだろう。
生きる為に入ったポートマフィアの仕事には危険がつきものだ。こういう結末は予想していた。
今更自分については何も思わないが、幼馴染達 ――― 特に兄の方の龍之介が気懸りだった。
ゆっくりと瞳を閉じて、想いをはせる。
彼に寄り添うようになった金髪の彼女が頭をよぎる。きっと彼女なら彼を明るいところに連れていってくれる気がする。
同じ地獄で生まれ育った私では土台無理な話だ。明るいところになど私とでは辿り着けないだろう。
――― そう思えば少しだけ安心した。このまま目覚めなくても、それならいいと、そう思えた。
□■□■□■
ガチャンッ、と大きな音で目が覚める。
「……龍之介?」
目を開けると目の前に龍之介が立っていた。周りを見やるとどうやら拘束具も扉も破壊されているようだ。助けがきたらしい。
「私ってば悪運強いなあ。今度こそ死ぬと思ったんだけど」
「死にたいのか、なまえは」
感情を見せない淡々とした声音だが、苛立ちが混じっていると私にはわかる。
「そんな訳ないじゃん。けどさ、何時だって覚悟はしているよ。組織の為に死ぬのは仕方ない。龍之介だって知ってるでしょう?」
云いながら立とうとするが、よろけてしまう。どうやら自分一人では立てなそうだ。
「……助けが来なかったら、このまま無様に一人で死んでいたのか」
「この状況じゃ、それしかないでしょ?
……死んでたよ。死ぬ心算だった」
その言葉に「赦さない」と龍之介は小さく呟くと、大きく声を荒げる。
「お前は僕と約束をしただろう!」
龍之介の異能力が怒りに呼応したように壁や床を破壊する。憤怒を宿した瞳が私を責め立てる。
「僕を置いていくなど赦しはしない。なまえは、これまでも、これからも、死んでも僕と共にいると、約束をしただろう!」
幼い頃のあの地獄でした古い約束だ。あの頃は龍之介の方が何時でも死にそうだった。
咳が続く彼にこのまま目が覚めなくなるのでは、と恐怖したのは一度や二度ではない。
咳き込む彼の背をさすりながら、励ますようにした約束だ。
――― 死んでも一緒にいよう。独りになんてしないから。
あの時よりも幾分上等になった今でも彼が覚えているなんて思わなかった。
「死んでも、だなんて私と死ぬんじゃ、行先は地獄一択だよ?」
「かまわぬ。……それに地獄ならもう見飽きた」
「馬鹿だなあ。ほんと馬鹿。そんなんだから天国に行けないんだよ」
金髪の彼女となら見られるだろう明るい世界に。
「お前が天国にはいないと云うのなら、僕は地獄でいい」
「えっ?」
その答えに私は瞠目する。だって、その答えは ―――
「なまえと一緒なら何処でも同じだ。僕にとっては変わりない」
私に手を差し出して、さっさと来いと目で云う龍之介は何時だって変わらない。
――― 君は知らないんでしょう?
私にも実を云うと、あの悪魔のような男から平穏な道も用意されていたこと。
――― 君はわからないんでしょう?
私がそれでもこの道を選んだ理由を。
――― それでも出した答えは君と一緒。
君がいるなら何処へでも。私には天国よりも魅力的。
君と手をとりあった地獄なら