「このドレスは私が丹精込めて生地から選んだ特注でね。特にこのフリルがエリスちゃんに似合うと思ったんだ」

「たしかによく見るとフリルのレース部分の模様、すごく凝っていますね」

「そうだろう!全体的に妖精をモチーフにして ――


鴎外さんとの会話でもっぱら話題にあがるのは原作でもよく知るところの彼が溺愛してやまないエリスちゃんの事ばかりだ。
ドレスを着た幼女の写真を片手にデレデレしている彼は、一歩間違えるどころか踏み抜く勢いでロリコンだ。
原作を読んでも実際会ってもロリコンだと確信していた、はずだった。



「そうだ。今日は君にこれを贈ろうと思っていたんだ」

そう云ってテーブルの上に置かれたのは、金色のリボンが輝く白い箱。
予想した中身にぎくりと身構える。


「あの、これは…?」

ぎこちなく問いかける私に鴎外さんは微笑むと、箱の包みを開けるよう促す。断れず促されるままに、箱の包みに手をかけた指先は微かに震えてしまっていた。
そうっと丁寧に自らの予想が外れてほしいと願いながら開ければ、箱から顔を出したのはほっそりとしたフォルムが美しい女性物のブレスレット。

プレゼントを凝視したまま固まる私の視界に鴎外さんの手が映り、私の手をさらっていく。反射的に引こうとした手はビクともしないどころか、まるで宥めるように撫であげられた。

何か云おうと見上げ、すぐに後悔した。妖しい熱を帯びる、その瞳に。
その瞳が私の手を舐めるように見つめると、包みからブレスレットを取り出し、私の手首に嵌める。
するとどこか恍惚とした表情の唇の端が歪に吊り上がった。


「よく似合っているよ。とても可愛らしい」

ぞわり、と背筋に怖気が駆け抜ける。
気づけば、顔は笑みを形作っていた。……恐怖でも、人は笑う。震える自分を叱咤し、声を絞り出す。


「あの、鴎外さん。何度も申し上げている通り、
こういった高価なものは、申し訳ないのですが、……受け取れません。
えっと、…エリスちゃんの養育もあるでしょうし、私には何もお返しできるものがないので……」

「そうだね。君は前に贈ったネックレスはあまり着けてくれていないようだ。気に入らなかったのかな?」

トーンが低くなった声は咎めるような険を含んでいた。急に冷汗が流れ、焦るように口を開いた。


「いえ、そんな事は決して!……、た、ただ気後れしてしまって、傷がつくかもしれないと思うと着けられなくて」

あの、だから、と言い訳を重ねるように紡いだ音は尻すぼみになっていく。そんな私を一心に見つめ、鴎外さんは抑揚に云い放つ。

「云い方が悪かったかな。別に責めているわけではないよ。
あれは一目見て君に似合うと思って、つい衝動買いをしてしまったんだ。後から考えれば、日常的に着けにくいものだったね。
だから今回は控えめなデザインのものにしてみたんだ。これならいつでも着けられるだろう?」

「……そういう、問題ではなくて。鴎外さんが私に良くしてくださるのは有難いのですが、こんなものを何の見返りも無しに貰うような間柄では」

「そうかい?なら、そういう間柄になろうじゃないか。
君には家族もいないようだし、生活も大変だろう。私は個人的に君をとても気に入っている。
こうして君に贈り物をするのは私の自己満足の部類だ。
なんなら私の事をあしながおじさん、とでも思ってくれていい」

この世界ではたしかに家族はいないし、暮らし向きも善いとは云えない。
けれども、私はもう子供と云える歳ではない。そんな娘に対する施しにしては、明らかに度を越してきている。

これではまるで ――

その想像を振り払うように云い募ろうと口を開きかけたが、それより早く彼に場が制される。ただ、一言で。


「なまえ君」

与えられる圧迫感に、息を止めた。
紅の瞳は影がかかったように深くなる。鴎外さんはその目を細めると、ブレスレットを外そうとしている手に自分の手を重ねた。


「これは私の気持ちだ。受け取ってくれるだろう?」

「………。はい、ありがとう、ございます。いつも、すみません」

縮こまり、恐縮したように礼を述べれば、やっと鴎外さんは破顔する。

いいよ。君は遠慮深いからね。
響く機嫌が良さそうな低い笑い声。

それを聞いて、ようやく息を吐けた。

こうやって鴎外さんからの誘いも強引なプレゼントも強く断れない理由はシンプルだ。

怖いのだ、純粋に。

鴎外さんは自分がポートマフィアの首領だと話してはいないので今のところは暴力的な側面を見せていないにしろ、彼の機嫌を損ねることは無力な私には命取りになる可能性がある。

目線を下げれば、ようやく自由になった手元には輝くブレスレット。
それにまた息が詰まりかける。

大丈夫、彼が好きなのはエリスちゃんのような幼い女の子。だから私は大丈夫。

頭の中で云い聞かせるように、プレゼントを貰うたびに繰り返していた。
縋るように、あるいは絡めとられるような心地のする瞳から逃れるように。


瞳を絡めて
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